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自我モデル P/A/C:交流分析

自我モデル P/A/C:交流分析

・交流分析で語られる「自我状態/自我モデル」という言葉は、思考・感情・行動をまとめて指したもの。全部で5つの要素があり、各要素のバランスと「普段どれを好んで使うか」で個性がわかる。

・バランスを著しく欠く場合には何らかの不具合が生じかねない。成長させることは可能。つまり自我モデルの未熟な部分の成長は分かりやすく「自分の問題」だろう。

・分かりやすく例えると、ある人が何か困っていて、他人に協力を仰ぐ時に、
  • 「やってくれるよね?」「やりなさい」と上から目線なのがP=親。
  • 理由を説明して協力を仰ぐのがA=大人。
  • 「助けて助けてなんとかして」の一点張りで、断られると「なんで?なんで?」なのがC=子供。
PとCはさらに2つに分かれるので後述。

・大きくP,A,C(親・大人・子供)に分かれるのだが、それぞれに綺麗な部分と汚い部分があることだけ覚えておこう。例えばFC(自由な子供)は、自主性や積極性を担当するが、同時に自己中心的・衝動的な面もある。
・使い分けもそうだが、同様に各モデル間の連携が出来ていないと主観による勘違い、暴走などが在り得るだろう。

・ちなみに「エゴグラム」で検索すれば、自分の自我状態モデルを判別する心理テストのサイトがいくつか見つかるはずだ。質問数は多く、50を超えることがほとんどなので、時間がある時にやってみるといいかもしれない。ただ、どう答えると何点追加というのが最初から書いてあるテストがある。これは無意識に答えを捏造しかねないので避けたほうが良いと思う。

・エゴグラムの結果は「社会からみたあなた」の評価程度に捉えたほうが良い。PACモデルのバランスを「個性」だと呼ぶこともあるが、少なくともあなたの根本的で修正不可能な人間性だとか魂とかではない。成長することもあるし、変質することもある。さらに言えば自分のP・A・C間で侵食・汚染もあるがこれはまたの機会に。


P=Parent 親

良い言い方をすれば保護者的な態度。悪く言えば上から目線。このスタイルには「他人の自主性を重んじる」ということが欠けやすい。Pは更にCPとNPに分類される。

CP=Critical Parent 

Criticalには「決定的・重大な」と言う意味の他に「厳しく批判する・酷評する」という意味もある。

・責任感が強い、秩序を守るといったポジティブな面と共に、批判的・支配的・独断的・排他的といった独裁者のようなネガティブな面がある。他人の悪い部分が目につき、「いいからやれ/やるな」「黙って言うことを聞け」となりやすい。

NP=Nurturing Parent 

Nurturingは「養育する」といった意味合い。保護者的なスタイル。だが、諸手を上げて肯定する訳にはいかない。

・思いやりや共感を示す、他人の世話を焼くという形になることもあるが、それらが行き過ぎて過保護や過干渉、その結果相手の自主性を奪う・・・いや、最悪自主性を「破壊する」ことにもなりかねない。

また、自己顕示欲の発露としてこのスタイルが出れば、要らない親切・余計なお世話ばかりする人となる。

・要するに適度なら面倒見の良い人、暴走すれば「子離れできないストーカーみたいな親」のようになる。

A=Adult 

大人。このスタイルだけが高いと客観性に特化し、「私的な交流」と言う要素が欠け、冷たい印象になる。

※これについての論文をちょっと読んでみたがエリック・バーンはほとんどAの定義に手を付けていなかったようだ。

 Aの定義は「今現在の現実に適合した感情・態度・行動パターン」となっていた。 この定義に従えば、Aは周囲の環境・状況次第でPとしての振る舞い、Cとしての振る舞いをすることもありうるということになる。

 

・社会人としての大人をイメージすると分かりやすいだろう。礼儀正しく、感情よりも無難な応対を優先するような、そういった形に大体なる。

・合理主義、論理的。自分の都合・自分の感情というものを抑圧し、社会的立場・役割を全うしようとする傾向もある。社会で求められるのはコレだが、プライベートでは逆にあまり出番はない。

・隙がなく、事務的な応対である印象になりがちで、この傾向が強い人は周囲から「とっつきにくい」「冷たい」などと言われがちとなるだろう。後述するC的な交流を望むものには特に。そちらが場違いな願望である場合も多いから、それを気にするべきかどうかは各自の判断で。

・Aは環境適応能力が強い。自分が所属する集団次第では善にも悪にもなるだろう。内面はともかく、実際の行動は。

・また、自分が自分の感情・都合を押し殺す分、それを前面に出す人間には嫌悪感を抱く。彼らにとっては災害に近いからだ。

・Aは自我状態の中で特殊な立ち位置に在る。PとCはAを基礎として統合されるのがバランスの取れた人間であるという話もある。

・逆にAが他の自我状態に「汚染」されることがある。価値観そのものがPまたはCそのものになってしまい、自分が偏見に満ちた考えや悪癖を行っている自覚はない状態。汚染という表現は適切ではなく、PまたはCがAと共に「多重起動」しているのだとする意見もある。


 恐らく汚染されている人間がエゴグラムテストを行った場合、他のパラメータが無難な上で侵食している側のパラメータが極端に高くなるだろう。Aの仕事(冷静な判断)を奪っているのだから。




 





C=Child 子供。

このスタイルには「分別」が欠けやすく、度が過ぎた極端な行動になりやすい。

・C系はさらにFCとACに分かれる。

FC=FreeChild またはNaturalChild

・「自由な子供」。自由さ、積極性を表とすると、裏側は自己中心的、ワガママ、感情的と言ったモノになる。「我慢」が欠けやすい。

・良い点としてはまず「自発性」があげられる。何か閃いたら実行してみるなど。好奇心・直感・行動力などもプラスの面と見て良いだろう。最もこれらのせいで「悪気は無いけどデリカシーも無い」と言った感じにも成り得るが。

・産まれた時は人間はFCしか持っていない。何も自制せず、思ったことはとりあえずやってみるスタイル。その後行動に対するリアクションをフィードバックして「我慢・自制」を学ぶ。これはAC=「従順な子供」のスタイルとなる。


また、これらを自分に躾けた親の態度はCPとなり、保護者としての振る舞いはNPとなる。親が他の大人と接する態度はAのモデルとなるだろう。もちろん個人的な経験により肉付けされては行くのだが、骨組みの部分は最も身近な先駆者、つまりは親になりやすい。

・C系に於いて注意したいのは特にFCだ。社会的に良い年こいた大人がFCの振る舞いをするのは許されない。お互いに同意した、要するに仲の良い間柄でしかほぼ成立しないし、それでも限度がある。良い面と悪い面があり、時と場合によっては致命的に不適切になることは覚えておこう。

・FCは自然体や本心に最も近い自我モデルであるが、どうもエゴグラムをやってみると「FCが一番低かった」と言う人はそこそこいるらしい。加えて大抵我慢強く、ストレスを貯めこみ、日常や人間関係が苦痛だとも。

前述したがあくまでもバランスが重要なのであり、このような人たちは確かに自分の中のFCを鍛えた方が快適に振る舞えるようになるだろう。

・一方度が過ぎてFCが高い人間は、思ったことをすぐに全部言う、好き嫌いが激しいなど社会人としてはアウトな点が強くなる。

AC=adapted child 

・「従順な子供」。我慢・忍耐・従順。相手との力関係がはっきりしている際に使われるだろう。

・基本的には「相手・環境に合わせる」というスタイルで周囲に適応する。「言うことを聞く」という手段により、自身の立場や存在価値を得ようとする方針。
・度が過ぎると、自分の言動の抑制どころか、感情・思考を発生させることすら、それが周辺環境(ぶっちゃけローカルルール)に不適切なら抑圧しようとする。「こんなこと思っちゃいけない」と。
・環境に合わせると言っても分別とは別の次元であり、AやCPが弱い+周りの人間次第では「従順な悪人」にもなるだろう。

・自分を表現するのが5つの中でもっとも苦手。結果的に人間関係に纏わるストレスはたまりやすい。

・他人のCPとしての態度が、その人のACを引っぱり出すことがある。自分の考え方が消極的だと感じている人間は、過去・現在身近にそのような人間がいるかどうか思い返して見ると思い当たるフシがあるだろう。

この場合、ACを抑える方面の努力ではなく、自分のFCを育てる方向での努力が望ましい。

◆メモ

・おかしな量になったので以下の文章の整理は放棄。あしからず。


・相手の態度と対になるような形で自分の自我モデルが誘導されるケースが有る。高圧的な態度(CP)に萎縮した相手(AC)、自分勝手な振る舞い(CP)に対して注意する(CP)、甘やかす(NP)など。

・相手に誘導される回数が増えれば、それに使う自我モデルが勝手に強化される。前述の通り自我モデルはバランスが重要であり、これは迷惑なことでしかない。ある意味汚染と言ってもいいだろう。

・コミュニケーションに失敗した際、その問題点を探るために自我モデルを活用するならば、自分の内面と実際の行動(相手がどう感じたかを含める)でそれぞれ分けたほうが実用的だと思う。


2つが食い違っていると、発話者にとって想定外のリアクションをされ、空気が読めない・デリカシーが無い・礼儀知らずなんて言われることもあるだろう。

例えば職場にて。自分としては社会人らしく振舞っているつもり(稼働している自我モデルはA)でも、実際の行動は社会経験の足りなさから世間知らずで幼稚(行動がC)だったとしたら、相手としては「コイツは頭の中身もCだ」と思う。

問題なのは、他人の気持ちなんて誰もわかりはしないということだ。つまり相手はあなたを「Cとして振る舞おうとしてC的な行動をやっている」と拡大解釈する。大抵はこうなる。本人は真面目に一生懸命だったとしてもだ。

人間は大抵、自分はストロークを失敗しまくるくせに、相手からのストロークは「意図的にやった」と思い込む。私も人のこと言えないが、ただ単に「相手のミス・未熟」である可能性も考慮するようにしたい。
Cだと認識されると、相手としてはP的な対応(叱るか、生暖かい目で見守るか)か、Aだが「コイツとは深く関わらないでおこう」と言う方針としてのストロークを返すだろう。

もう一つの問題が、望んだストロークが得られなかった場合に大抵の人間が思いつく「原因」とは、
  • 1:相手が悪い 
  • 2:自分の内面・動機が悪い 
のどちらかになることだ。もしも本当の原因が「振る舞いが間違っていただけ」だった場合、1の判断では逆恨みであるし、2では傷ついて消極的になってしまうだろう。
本当に原因が1か2であることももちろんあるが、原因を考える時に「3:やり方が上手じゃなかった」という可能性も考慮するようにしたほうが良いと思う。要するに、自我モデルそのものが未熟だったという可能性。

・PAC、これらのパラメータの強弱も実際の性格・言動に大きな影響をあたえるのはもちろんなのだが、モデルの質そのものもかなり実際の行動パターン・価値基準に影響を与えている。「お手本」が粗悪だと苦労するのは間違いない。修正をするにしても、自分が最も弱い自我モデルを育てることが有効だ。異なる・正反対の価値観を育てることでバランスのある態度・思考が可能になってくる。

・最初に作られるモデルは「自分がイメージ・経験・記憶した人物像」だ。創作のキャラクターがモデルとなることもあるだろうし、育った環境によっては「他に方法を知らない」という理由で自他を苦しめる言動をすることも在り得る。

・だがこれは運命論ではない。自我状態のモデルは良くも悪くも「上書き」が可能である。方法は2つ。1つは意志によって。もう一つは恥をかくことによってその自我モデルを忌避、結果変更されると言われている。要するに外部との齟齬・認知的不協和が発端となる自我モデルの矯正。

つまりは精神的に成長するか、トラウマを作るか。まぁ成長のほうがいいだろう。わざわざトラウマ作って上書きしたところで、別の悩みの種ができるだけだ。

・最悪の場合、「もっと悪い方法」に自我モデルが上書きされる可能性もある。ハッキリ言ってしまえば、人間性を捨ててる言動のほうが効率的な場面も結構あるからだ。怒鳴って、脅して、嘘を吐き、被害者ぶる。そうやって要領よく生きている連中が沢山いるだろう。

そういった言動に感染/汚染する可能性はそこそこある。本能からしてみたら「成功例」だからだ。従順・共存している内に感染するケースも有るだろう。「付き合う相手は選べ」と言うのは至言である。

・いつまでも外部からの情報を採用するかしないかの判断しかせず、自我モデルの修正/成長をしない「コピペ人間」であれば、その内行き詰まることになるだろう。誰だって、人の真似をするしか能がないわけではなく、自分で考えて決められるはずだ。

アドラーの目的論とつなげて考えてみれば、何らかの目的を果たす手段を実行に移す下地として、無意識的に選択している可能性がある。


かなり悪質な少年犯罪の主犯に対して、一部の人間が「可哀想」「環境のせいだ」なんて同情・擁護を示すことが非常に多く見かけるが、最初から「NPとして振る舞いたい」と言う動機のもとに、そうできる要素しか見えないようなバイアスがかかってはいないか。


これらの人間は被害者の親類縁者や加害者の日頃の言動などは全く頭に入っていないように見える。ちなみに大抵の日本人はNPが一番高いそうだ。

・その人の自我状態モデルが現在何であるかは、外部からの観察により決定することができる。対象は本人の「言動」であり、内面ではないからだ。

Pについて

・P系は自分の親(またはそれに準ずる保護者役の人間)が自分に対して行った態度のコピーであることが多い。親にやられて嬉しかったことを好意を得るために行い(NP)、親に叱られたり注意されたりした記憶を、相手への注意、アドバイス、時には支配に使う(CP)。

・子供の頃に怒鳴りつけて言うことを聞かされていたら、自分の思い通りにするために怒鳴るようになる。挑発されてコントロールされていたとしたら(このくらいのことも出来ないの? ○○ちゃんはもっと上手なのに)、相手をコントロールするために馬鹿にしたりからかったりして挑発するだろう。

もちろん必ずではないが。ただ、状況に対応するプランとして頭の中に思いつくようにはなるだろう。「親の真似」が。

・軽くトラウマになっていることを他人に対してやるといった形になりやすい。虐待されていた子供が親となり、自分の子供に対して同じことをして「自分は親と同じだ」と自己嫌悪に苦しむという「負の連鎖」と言う現象がある。分かりやすい例だろう。

虐待とまでいかなくても、かつて自分が親にやられて(言われて)嫌だったことを、今度は自分が子どもや他人をコントロールするために実行していることを自覚し、自己嫌悪に陥るケースは多い。

・もちろん肯定的な側面として、親に対して「憧れ」を感じた言動をモデルにしている場合もある。もっともそれは親が子供に見せたい無理をした姿であることもあり、等身大であるとは必ずしも言えない。こういった大人の「見栄」を見て、自分も大人になったら自然とああなるのだと思ってしまうと、そうではない現実に苦しむことになるだろう。

・NPに於いても、時と場所、そして相手を考えずに「こうすれば好かれるだろう」と行うのであれば、状況と噛み合わず、逆効果になることも在り得る。思考や意志による判断ではなく、ただの癖として行うのならば偽善者だと思われるだろう。

・親が自分の行いの正当化する際に子供に言う「大人になればわかるよ」と言う言葉は、「お前もこうなるんだ」という呪いのようにも思えてくる。

・なお、一部の人は親を見て「ああはなるまい」と心に誓い、正反対のパターンを取る場合もある。だがこの場合でも基準は親を意識しており、やはり自由ではない。良いか悪いかとは別としても、「親の影響力」というものはかなり強いのが現実だ。

・育児自体が綺麗事が通らない面も多い。親も手探りで、あの手この手で子供に言うことを聞かせようとするし、子供に媚びたり見栄を張る親もいる。子供も無実とは限らない。親がそうせざるを得ない程、手に負えないこともある。拠ってP系のスタイルは必ずしも良識的なものとは限らない。

Aについて

・子供は子供で社会がある。学校とか分かりやすい例だ。そこでの「標準的な振る舞い」は本人の主観ではそれがAとなる。だが大人から見たら全部FCにしか見えないだろう。学生が社会に出た時、「今までのA」がFCとして扱われ、PC的な態度(叱られる・注意される)ことに初めは戸惑うのも道理である。

・だがこの場合、比較的簡単にAは更新される。2年も3年も経って常日頃の言動が「大人から見たFC」と言うのはあまりいない。普段は表に出してはいけない要素として、今までのAの要素がFCのカテゴリに入る。だからはっちゃけると素が出る。

・以上から自我モデルというフォルダに入っている「中身」は別フォルダに移すことが可能だと思われる。日本人はFCが最も低いことが多いらしいが、FCをゴミ箱フォルダみたいに「不適切だとされたもの」を押し込めて、FC自体を封印しているのかもしれない。FCが低いとストレスを貯めやすくなるのだが。「発散する場」は用意したいところだね。

Cについて

・これを強制的に使わせる他者に対して人間は反感を抱きやすい。まともな大人なら甘やかされても叱られてもどちらも不愉快だ。「一人前=A」のつもりなのだから。

・自分勝手だったりただ耐え忍ぶだけだったり、ちょっと大人にとって抵抗感を持ちやすいので抑えがちになり、あまり発達しない。ただ、我慢が必要な時もあるし、感情を表現するべき時もある。本能や理性に絡んでいるのではないかと思う。

・FCに纏わるものが本能的なものなのだとしたら、AやACが強すぎてストレスが溜まり続けるのも納得がいく。

・ストレスを溜め込まないためにはFCを意識する必要はあるし、やり過ぎないためにはストッパーとしてACも鍛えなきゃいけない。やはりバランスと連携が重要のようだ。






◆関連リンク
思考・意識:目次

ストローク飢餓


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