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誕生日のパラドックス

誕生日のパラドックス


◆誕生日のパラドクスとは

・「誕生日が同じ人がいる状況は、何人の集団の中で50%を超えるか?」みたいな問題。
 
・ちなみに一年は365日として、閏年生まれはハブられる運命にある。南無。
 
・つまり、「誕生日」は365種類あることになる。実際には平日が誕生日の傾向が多いらしいが、どの誕生日である可能性も1/365とする。
 
・はい、計算どうぞ。めんどきゃ大体でいい。

 ◆



◆  
・正解は、23人だそうだ。70人で99.9%を超えるとか。要するに、(365+1)÷2とか計算してたら間違いだよ、と。
 
 
・重要なのは、例え計算能力に自信があってもこの問題は間違える可能性があること。そもそもこの問題暗算で出きるレベルじゃないんだけどね。
 
 
・誕生日のパラドクスは集団の中で「ペア」さえできればその組み合わせはどうでもいい。だから誰かから見て誰も誕生日が同じじゃなかったとしても、同じ集団の別の者を中心に見ればペアが成立する可能性がある。
 
簡単にいえばABCの三人がいたとして、Aは誰とも誕生日が同じじゃなかったとしても、BとCが同じってパターンがある。この場合AB、AC、BCの3つのペアがあるわけだが、「主人公」を設定している場合=Aとの組み合わせしか考えていない場合、BCという答えには永久にたどり着けない。
 
が、この問題にあたる時、大抵の場合「中心」のようなものを設定し、その架空の「“彼/彼女”1人と誕生日が同じ者が居る確率は」、と考えがちになる。
 
 
・この間違いが発生する理由は2通り考えられる。
 
1.「前提」の見誤り。前述のように「固定された誰か1人と誕生日が同じものが入る確率は」と問題を勘違いした可能性。
 
2.上のトラップに見事引っかかってくれて「365」という数字を中心に考えた可能性。
 
・これらの影響で「直感的に想定した答えと現実の答えにギャップがある」のが誕生日のパラドクス。厳密に言えばこれは「パラドクス」とは呼べないんだが、まぁそういう名前で通ってる。この上で、「直感的な答え」を「再現」しようとしてそれっぽい方向性を勝手に目指してしまい「問題はどこ行った」状態に勝手になる者もいる。
 
 
・ちなみに産婦人科の「休日は休みたい」というホワイト企業な都合で妊婦が抑制剤や促進剤打たれることがあり、そのせいで誕生日は平日が多いから実際には同年代だと誕生日は等分にバラけず平日が多いよって説があるが、今回はキニスンナ。人道的にどうかと思いますが。正月生まれの人間が生まれた産婦人科は良いところかもしれない。
 
 
認知バイアスの視点でこれらを見てみると、
 
1.人間は前提を無自覚に勝手に想定する。
 
2.問題の理解よりも「見たもの」の中から判断材料を探すことを優先する。
 
以上の傾向が見られる。これはどちらも「スタート地点を雑に速攻で決める」と言える。つまり、ヒューリスティクス。
 
 
・これはやっぱり「直ぐに行動に移るため」と言えるだろう。
 
 
・そしてやっぱり問題は、「無自覚」であること。つまり間違っていた場合、状況は進まず詰まるわけだが、「何が間違っていたのかわからない」、あるいは「自分が間違っていたと受け止められない」。
 
 
・誕生日のパラドクスで言えば、まぁ例えば183人と答えて「ハズレ」と言われたところで「計算はあっている。これで正解なはずだ」の一点張りな奴とかね。この場合、考え直すにしても、せいぜい「366÷2」を再計算する程度で終わるだろう。こういう奴は答え聞いても大抵問題の方にケチをつける。
 




・要するに、「スタート地点に戻れない」。迷子。脳はすぐに取り掛かれるよう雑にスタート地点を決める。「意識」が思考を始めるのはそのスタート地点からであり、問題認識を思考のスタートとして考えると「途中参加」に近い。
 
リレーや駅伝のようなものかな。認知バイアスというかヒューリスティクスからバトン渡されて、そこで意識が考え始める。で、「これバトンじゃねぇ、うまい棒だ!」みたいなことがあるわけだ。認知バイアス雑だから。まぁちくわでもいい。
 
「自分が間違えたわけではない」のも主観的には事実だから混乱する。「間違える心当たりがない」からだ。間違っている部分は自分が思い浮かぶスタート地点より「ずっと前=認知」だったことには、答えとその解き方を聞くまで把握できないだろう。
 
本来のスタート地点に戻ってうまい棒からバトンに持ち替えなければならないのだが、本来のスタート地点がどこかがわからない。自分の「持ち場」が自分にとってはスタート地点だからだ。
 
そもそもうまい棒(あるいはちくわ)を握りしめてゴールして、「ゴールしたのになぜダメなんだ」とか言い張ってる状態になる。挙句に問題の捉え方間違えてるってことは、コース間違えてる。誰よりも早くゴールし、そして反則負けになるのは妥当だろう。
 
 
・対策というか対処は、やっぱり「こういった傾向が脳にある」ことを把握しておくことだろう。間違えに気付くのは問題発生の後だろうし、毎度毎度ヒューリスティクスを疑っていたら何をやるにしても一々棒立ちになって熟考することになり、生活がままならない。
 
いくら考えても「詰まってる」のなら、スタート地点だと思っている部分よりもずっと前の部分から見直してみるのも手かもしれない。
 

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