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何かを楽しむ、楽しもうとする時に感じる罪悪感/ブレーキについて

何かを楽しむ、楽しもうとする時に感じる罪悪感/ブレーキについて


 
例えば休日の余暇を過ごす際、楽しみにしていたことを、或いは楽しめることをやっていたとしても、どこか罪悪感のようなものを感じるのはなにが理由か。
 






 

「意味がない」

「それが何の役に立つのか」、「カネになるのか」的な視点、思考をナチュラルにしている人。この視点・思考が根深い人は自分が心からやりたいような趣味や娯楽、楽しみに対しても「否定」する。役に立たないから。カネにならないから。
 
一見真面目な仕事人間風だが、逆にギャンブルみたいに露骨に当たれば「金になる」のにハマる傾向もあったりする。知ってる限りで言えば露骨なギャンブルは避けるようだが、年末に必ず宝くじを大量に買ってるのが多い。こうなってくるとあんまり実利主義とも言えない。まぁ好きにしたらいいが。
 
無駄だとわかった上で楽しもうとするか、或いは実利的な楽しみを模索するかのどちらかがいいだろう。ただし絶対に人の趣味や楽しみに対してコメントしてはいけない。この世で最もそれが不向きな人間であることは自覚した方がいい。
 

ハマるのがこわい

人間は社会的な面(組織や集団の一部分)と個人的な面(自分のための意思決定)との二足のわらじというか、ダブスタというか、そういった「二重の人生」を生きてる。仮に定年退職して年金暮らしで死ぬまで安泰と言うところまで生き抜いたとしても、友人づきあいや近所付き合いとしては「社会的な面」は続けていくことになる。そんなわけでまぁ、わがままなやつは嫌われるのは道理だろう。
 
人間は社会と個人との二重の人生を生きる、と言ったが、その切り替えが上手というわけではない。むしろ下手だ。仮に上手だったとしても、「苦手意識」がどこかある。
 
簡単な例として社会人・学生共に「月曜日が辛い」のが挙げられる。サザエさん症候群(だいたい日曜日のサザエさんやってる時間帯に明日月曜日だと感じて憂鬱になるから)とかブルーマンデーとか呼ばれている現象だ。
 
これは深刻なレベルの場合もある。ぶっちゃけて言えば、月曜日の自殺率は一週間のうち最も高い。ちなみに時間帯としては真夜中と早朝が最も高い。
 
これは月曜日、つまり「個人的な人格から社会的な人格にシフトするのが辛い」ということではないか。休日に上司から電話来ただけで気分最悪だろう。最近はLINEでも多いらしいが。
 
要するに、ただでさえ個人のペルソナから社会的なペルソナの切替時に苦痛を伴う(逆は開放感感じるんだが)。休日何かを楽しんだら、その「落差」によって苦痛は増すかもしれない。そういった不安から「楽しむこと」をセーブしているのではないか。
 
この場合、タイムリミットを決めて楽しむといい。時間内に楽しさを味わおうとそれに集中するだろう。
 




心の何処かで「それどころじゃない」と感じている

焦燥感を感じている人。オンオフの切り替えが下手とも言う。休日なのに頭が仕事モードというか。これは他の要素全体にも言えるが、基本的に「楽しんでいいのかどうかわからない」というのが根深くある。
 
簡単にいえば「サボってる」かのような心境になる。やるべきことをやらずに楽しもうとする罪悪感。厄介なことに別にやるべきこと無いのにこれを感じることがある。単純に脳のクセなんだが。
 
恐らくこれは、自分に厳しい、真面目なタイプに多いだろう。この場合、ただの休みだからとかの理由で娯楽をやろうとすると脳が「納得」しない。習慣として緊張と弛緩、つまり「やるべきこと」と「報酬としての自由」のリズムが染み付いているため、休日にいきなり自由を謳歌しようとすると「やるべきことをやっていない」とエラー吐く。
 
脳を納得させるのも一つの手だ。掃除なり勉強なり「ちょっと真面目っぽいこと」でも言い訳程度にやって、何かを楽しむことを「正当な権利/報酬である」と納得させるのも。
 

交流分析の禁止令:「楽しむな」

「楽しんではいけない」と自らに課している人。
エリック・バーンに依る心理学「交流分析」の概念に「ミニ脚本」というのがある。
 
これには4つあって、幼い頃に思い描いた人生観を実現させようと余計なことをするんだが、その中で無駄に焦燥感を煽る「ドライバー」と無駄に生真面目にさせる「ストッパー」がある。ドライバーは先程の「それどころじゃない」的な焦燥感を作る。
 
ストッパーの方は、代表的な要素が5つある。それぞれ、
「ありのままでいるな」(無理をしてでもやりとげろ)
「自由になるな」(自分がやりたいことなんてやってる暇はないぞ)
「楽をするな」(そのやり方は【ズル】だ、それは【インチキ】だ)
「自分を優先するな」(人の都合/迷惑を考えろ)
「ありのままに感じるな」(ただひたすらに我慢しろ)
と言うもの。こういった禁止令やマインドブロックは「呪い」なんて呼ばれたりもする。
 
気づいたと思うが、全て人間が「人並みに社会性のある者」として振る舞うためには「ある程度は」必要といえるものだ。逆にこれが全く出来なきゃ「糞ガキ」に他ならないし、大人でそうだったら病院行ってくれってレベルだろう。
 
でも脳は加減を知らない馬鹿なとこあるから休みの日(つまりある程度自由に振る舞っていいような時)にこんなもんが張り切って発動したりする。さっき言っただろう。「切り替えが下手」だって。
 
だが、はっきり言ってしまえば社会で反社会性をご披露するくらいだったら(当人が戻れない/戻るのが遅い心配を感じているからだ)こっちのほうがマシって部分もある。ある意味選んで、覚悟の上で、そんな状態なのかもしれない。
 
なんだろうね。「なんて自分は真面目なんだろう」とか苦笑いしながら前述のようにちょっと真面目っぽいことやって脳を納得させて、それからタイムリミット決めて楽しめば良いとは思うが。
 




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