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認知バイアスとは

認知バイアスとは



一般に言われるカジュアルな意味での「バイアス」は、ざっくりいうと

「イメージに引っ張られて判断が偏ること」だといえる。
メガネをかけた嫌な奴を知っていたら、メガネをかけた奴全員が嫌なやつに見える、だとか。


本来の意味では、
・認知(見たり聞いたり思ったり)の時点で発生する、知覚や思考に対する思い込みの追加・捏造、見たくないもののフィルタリングが起きている状態。

・認知バイアスの自覚は本人にはなく、「いつも通り現実を認識し、理性的な判断を下した」と確信している

以上のような状態。

現実ではないものを現実だと認識している状態、そして見るべきものが全く見えていない状態と言っていい。

もっとも重要なのは、認知バイアスは非常に身近だということだ。

勘違いや思い込みにかぎらず、差別、偏見、ステレオタイプ、印象、人種、性別、血液型、職種など有形無形を問わずありとあらゆる「材料」に対して認知バイアスは働く。

「認知バイアスの種類」とは、そのままこう言った勘違いや思い込みの「原因」「間違え方」の数だけ存在する。





最終更新:2017/05/26




§目次

◆認知バイアスとは
◆身近な認知バイアスの例
◆認知バイアスを理解するために必要な知識
◆「認知」体験版
◆認知バイアスは止めるべきなのか。止められるのか。
◆メタ認知:認知を再評価する
◆認知バイアスの存在理由
◆認知バイアスに気づかないでいると
◆認知バイアスの種類
◆認知バイアスに気づくのは難しい

◆認知バイアスとは

・人間が何かを認識する(これはこうである、と思う)際、

目や耳などの知覚から始まり
→ 経験や本能による解釈や評価、不要な情報の破棄、注目するべき情報のピックアップ
→ 認識(ここで初めて見た、聞いたと認識する)

という手順を踏んでいる。
この経験や本能による評価が偏っていることが認知バイアス/無意識バイアスだ。

・現状では認知バイアスはあまり細分化や区分はハッキリとしていない。
種類が多すぎ、あらゆる自体で発生し、自覚がないからだ。
マーケティングなどで使われる「心理的効果」と呼ばれる物が代表的だろうか。

参照:内部リンク
→認知バイアスという言葉は何を指すのか







■身近な認知バイアスの例

代表的なのを幾つか。

・カリギュラ効果

押すなよ!絶対押すなよ! → 超押したくなる。
後は隠されると気になる、だとか。

この際「心理的リアクタンス」と呼ばれる、ざっと言えば「反発心」のせいで、やることしか頭にないだとか、やっていい理由を模索するだとか、そういった思考回路が働く。

「やるな」って言われるとすごくやりたくなる心理:カリギュラ効果

・有名な人が言うのだから本当だろう:ハロー効果

対象に対して過大評価をする傾向。

Halo(後光)の名の通り、目立つ功績、肩書などがある人間の言っていることは正しいと盲目的に信じる傾向。

例えばテレビの情報番組で、売れないお笑い芸人と大学のお偉い先生様が全く同じことを言ったとしても、前者は笑い飛ばし、後者は感心して聞く傾向。

他には顔が良ければ性格がいいと思い込む、

字が綺麗なら心も綺麗で頭もいいという謎の理屈など。

これは実際の発言や行動などの「見るべき対象を見ていない」


・見たいものしか見えてない

類似したものとして「確証バイアス」がある。

そう思いたいからそう思う。
そう信じたいから無意識的に信じていい材料を探す。
それをやりたいから「やっていい」理由を探す、など。

解りやすい例だと血液型別性格判断が挙げられる。

アレは突っ込みどころが多すぎるのだが、AB型はこう、O型はこう、などのイメージが「初めから頭にあり」、相手の血液型に該当する要素を現実の言動から「ピックアップする」。

結果、信じている人の頭の中では「やっぱり●型はこうなんだ」となる。

実際にはあの性格の区別は万人に該当する。

それは「バーナム効果」とも呼ばれるが、誰にでも当てはまることを「自分のことを言っている」と思いこむ心理が人にはある。

バーナム効果は特にインチキ占いなどで多用される。

あなたは独自の考えを持っていることを誇りに思い、十分な根拠もない他人の意見を聞き入れることはありません。


しかし、あなたは他人に自分のことをさらけ出しすぎるのも賢明でないことにも気付いています。


あなたは外向的・社交的で愛想がよいときもありますが、その一方で内向的で用心深く遠慮がちなときもあります。


あなたの願望にはやや非現実的な傾向のものもあります。


Wikipedia:バーナム効果


こういった事を指摘された人間は、「ハズレ」を無視して「当たっている部分」のみにしか反応しない傾向が強い。

特に日本人は「自分は”中の上”だ」と考える傾向が強いらしい。
イコール、周りの大半をバカだと思ってる。

だから自分の「内面」に対する指摘がいくつか当たると感心・感動する。
騙す側からすれば、自分は頭がいいと思ってる人間のほうが騙しやすいらしい。

・無意識レベルの男女差別

DV(ドメスティックバイオレンス)と聞けば、男が女に、という構図を想像するものだが、イギリスでは40%は女が男に、という構図らしい。

そんなイギリスで社会実験が行われた。

公園で役者に夫婦を演じてもらい、夫役が妻役を怒鳴り、罵り、突き飛ばし、今にも暴力を振るうという演技をする。

すぐに周りが止めに入り、人だかりができた。

次に妻役が夫役を「同様に」怒鳴り、罵り、突き飛ばし、今にも暴力を振るうという演技をした。

今度はギャラリーは笑いながら見ているだけ。誰も止めようとはしなかった。
参照:外部サイト
http://karapaia.com/archives/52163869.html


DVの男女比が6:4の国でこれである。この情報が浸透しているかどうかは知らないが。

要するに、「やったこと」じゃなくて、「男がやったか女がやったか」を見ているということ。

ただそれだけで、「赤の他人の喧嘩に巻き込まれるリスクを覚悟してまで止めに入る」か、「半笑いで見続ける」かが決まる。


つまりは正義感すら差別や偏見、つまりは認知バイアス由来の可能性がある。

今回の場合、最初の実験で止めに入った者が批判されることはないだろうが、的はずれな偏見を元に「あっちが悪い」と決めつけて突撃する人間はいる。

実際勘違い甚だしい「正義の味方(笑)」が事態を手遅れレベルにやばくすることは多い。

このブログでも「妻のモラハラに苦しめられている」的なキーワードでの流入があったりする。
が、巷でモラハラと言えば、夫が妻に、彼氏が彼女に、と言った形のイメージが強い。

認知バイアスが強い人間は「人を見る目がない」ことになる。
本当に対象を見ておらず、肩書や属性、自分が見たいものなどしか見ていない。

見る目がない、と言うより見ていない。
間違えた、というよりも考えてない。

昔「差別主義者は頭が悪い」という研究結果が発表されたことがあったが、頭使わないで決めつけてるんだから知能以前の問題だろう。

そして恐ろしいことに、当の本人は「頭使って考えた」つもりでいる。

認知バイアスを自覚できないと一生こういった状態に陥ることになる。







■認知バイアスを理解するために必要な知識

・ヒューリスティクス

認知バイアスの(恐らく)全てがヒューリスティクスとして機能している。

ヒューリスティクスとは、
必ず正しい答えを導けるわけではないが、ある程度のレベルで正解に近い解を得ることができる方法である。

ヒューリスティックスでは、答えの精度が保証されない代わりに、回答に至るまでの時間が少ないという特徴がある。




要するにスピード重視の間に合わせの判断。
後述するが、認知バイアスが全く働かない状態だと、恐らく生きていけないレベルの支障が出る。
考える時間が少ない場合の「時間」と「結論の精度」のトレードオフだと思えばいい。

認知バイアスは、ヒューリスティクスとしては正常に機能しているといえる。
あくまでも問題は、当の本人に「バイアスがかかっている自覚がない」部分にある。

・カルテジアン劇場 


一般的に、頭の中の「私」、つまり「意識」は1人、というのが通説だ。
このイメージを哲学者のダニエル・デネットは(否定するために)カルテジアン劇場と名付けた。

画像のように、「知覚した物を認識する頭の中の私」が居るイメージ。

認知バイアスとは、この画像で言えばモニターやスピーカーに細工がされていて、一部が拡大されて表示されたり、無いはずのものが表示されたり、全く見えなくなったりする状態。

この機能は本来、注目するべきところに注目し、どうでもいいことには注目しないために機能していたと思われるが、「希望」や「恐怖」によってピックアップやフィルタリングの対象がおかしなことになっている。

◆「認知」体験版


・思い込み系のバイアス

・元から人間は見た通りのものを認識しているわけではない。
感情、気持ちなんて呼ばれる「感じたこと」ですら、今までの経験や知識に基づいた「推測」であることが多い。

ちょっとした思考実験をしよう。
例えばヤカンに水を入れて、さも熱そうに持ち歩き、それを人に押し当てたら、その者は「熱い!」と言って飛び上がるものだ。

目で見た段階で「アレは熱い」と認識している。
次の情報は「それを押し当てられた」という事実、本来は更にその次に「熱くない」と認識する。

水温は井戸水で年間を通して平均10度と言われており、水道水もまあ似たようなものだろう。
どう考えても熱くない。体温と比較すればむしろ冷たい。

「熱い」と感じて飛び上がった者は、押し当てられた時点でかなり素早く反応する。
熱くないという「理解」はまだしていない状態だ。
飛び上がった後も実は熱くないのだと気づいていないケースも有る。
それどころか、実際熱かったと言い張るものすら居る。

これは、現実が本人の「思い込み」のせいで、
1:現実が認識されずに思い込みに上書きされる
2:本来気づけるはずのことが気づけない、あるいは理解が遅くなる
3:当人は現実を認識せずに「思い込みを現実として」アクション・リアクションをする

以上の可能性が存在していることを物語る。

・本能レベルのバイアス


脳の殆どのリソースは、生命活動やDMT(デフォルトモードネットワーク:脳をアイドリング状態に保つ機能)などの「自動的」な部分に使われており、通常人間が「自分」だと認識する「意識」の容量はそれに比べれば大したことはない。

先程のカルテジアン劇場の画像で言えば、カメラやマイク、モニターやスピーカーにほとんど容量を持っていかれ、「頭の中の私」の領域はそれと比べると少ない。

感覚器官から認知へ至る過程は自動的に「処理」され、意識はその結果をただ受け取るだけだ。
結果だけを受け取るから、「過程がおかしくても気づけない」。
つまりは間違っていても気づけない。

以下の怪文書は、Typoglycemia(タイポグリセミア)と呼ばれる「読めるはずがないのに読める」文章である。


こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。
この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか
にんんげ は もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば
じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて
わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?
ちんゃと よためら はのんう よしろく

http://dic.nicovideo.jp/a/typoglycemia



ちなみにこの怪文書を作るコツは文中にも書いてあるが「単語の最初と終わりだけは動かさない」ことだそうな。
これを知った上でもう一度見てみれば、その法則に基づき書かれていることに「気付ける」だろう。
「にんんげ」だけ苦しそうだが。

さて本題だが、まぁちゃんと読めたと思う。「ちゃんと」ね。
読めるのは、脳が「勝手に」補足・修正をしているからだ。
実際、特に頭を使って悩んだり考えたりせずに、割りとすんなり意味は理解できたと思う。


認知バイアスの話に戻るが、
例えば「いりぎす」がイギリスではなくて別の意味として本当にあったら、
もしも「ケブンッリジ」という名の大学が本当にあったら、
とんでもない間違いをした上で「これが正解」だと認識したということになる。

先程の文章を読めた際、ちゃんと読めているのか不安になんてならなかったはずだ。
「これは間違いで、自分の解釈が正しい」と「認識」したはずだ。

さっき皮肉っぽく書いたから気づいているかもしれないが、本当に「ちゃんと」読めたのだろうか?
本当に「ちゃんと」読んだのだとしたら、意味不明の怪文書だ。
だが実際に、あなたはそこから意味を読み取り、自分の解釈を「これが正解だ」と確信している。

試しに「書いてある通り正確に音読」しようとしてみるとわかるが、高確率で間違える。
自分が思う「正しい読み方」をしてしまう。

こういった「無意識/本能レベル」でバイアスは働く。
時には本人の意志ではなんともできないレベルで強く。
つまり「分かっていても引っかかる」。


・この怪文書については、こう言った無意識の働きが正しく理解するためにちゃんと機能したのも事実だろう。
作成者自身が狙った意味を、読者は難なく察することが出きる。

このことから認知バイアスと呼ばれるものは、「あらゆる場面で間違い、悪いというわけではない」こともわかる。

だが、「脳内修正した情報」を「事実」として認知してしまうことはあまり良くはないだろう。

今回の場合は無意識レベルの「誤字の修正能力」だったが、例えばコミュニケーションにおいて、誰かが言ったこと、表情、仕草などを過剰に悪く、あるいは良く捉える形で「修正・補足」したらどうなるだろうか。

その上で「これが事実だ」と思い込んだらどうなるだろうか?

認知バイアスのせいで人間不信やストーカーなどもあり得るのではないか。
実際そんな人間はかなり思い込みが強い。






俗にいう【色眼鏡】、偏見や補正が入った「後」の思考や評価を人間は「知覚」だと勘違いしている。
つまり「感じた」時点で認知バイアスによって知覚は歪められている。

また、感情などもこの際発生するが、これもまた人間は自分の気持ちが「真実」だと勘違いしている。
現実には感情とは「認識したこと」に対する「反応」だ。
認識が間違っているなら感情も間違い、的外れだ。

感情もまた、スピード重視の暫定的な反応。
野生の名残だね。とりあえず反応しなければ死ぬか食いっぱぐれるような時代の。

要するに、その感情が間違いである可能性は十分にある。吊り橋効果が分かりやすい例かな。

時には、「そう思いたいからそうであるように見る」なんてこともある。何れにせよ、頭の中でハッキリと認識する前に情報は既に色々と「加工」されている。

近視眼的な暫定処置、或いは「自分で自分を騙す」、または「わかんないからあの時と同じ反応で良いだろう」、ということに他ならないのだが、厄介なことにこれらは無意識下で行われている。

認知バイアスの存在そのものを実感することは難しく(大体は後になって後悔と共に気づくだろう)、人間は自分のイメージの中で生きている。

つまり、問題は「そのような暫定的な判断を下した」という自覚がなく、「こういった現実が目の前にある」と言う認識を本人がしてしまう点にある。

認知バイアスに拠って本来の情報とは別のものを連想、想像し、それを事実だとしてリアクションをする。

だが、認知バイアスの全てが、すべての状況で間違っているとは言えない。後述するがお陰で命が助かった、というケースも有る。まぁ、このせいで死にかけた話もあるが。

・バイアスには、「即行動するための本能」と「後天的な経験/記憶に基づく修正・連想」、「本人の思い込みを強化する要素しか見えない」などいくらかタイプがある。

人間は自分で思っているより自動的であり、日頃の行動はほぼ認識に対しての反射と反応で成り立っている。認識する情報が歪んでいるということは、それに対しての対応もまた歪められるということだ。

本人の価値観から見ても「間違い/悪事」を、正義や必然と思い込み、自ら好んで行う可能性もあるということになる。

そういった「やってしまったこと」に対しては自我を守るタイプのバイアスが作用する可能性もある。こうなると悪循環で、一生意地や見栄を貼り続ける可能性も。

認知バイアスは全くの邪魔者や間違った解釈というわけではないが、存在を知らないでいると自身の人間性、本質を歪める結果となる。
少なくとも周りからは「そういう人間」だと認識されるだろう。





◆認知バイアスは止めるべきなのか。止められるのか。

「自分が情報を認識する前に無意識がどのような情報処理をしているか」が問題になってくる。バイアスを一切発生させないためには頭の中を機械にするか悟りを開くかしない限りは無理だろう。

仮に認知バイアスを止められるとして止めるべきかどうかだが、前述の通り「判断できないときの暫定的処置」としての機能も果たしている。

本人が完璧主義者であり、尚且つ立場も完璧が求められるような人間でもない限りは「必要」だ。時には正確さよりも素早い対応が求められることも十分にある。
また、仮に止められたとしたら、わからないことには何も出来ずフリーズするポンコツになるのは目に見えている。

認知バイアスに対するベタな対策として「複数人で結論を再評価をする」といったものもあるにはあるのだが、「これが答えだ!!」と確信(勘違い)した者は殆どの場合人の話を聞かない。

効果があるのか疑問だ。なあなあになるんじゃないのか。
まぁ我々全員がそんな醜態を晒しかねないのだが。

真面目な話、他人に指摘されると防衛本能がでしゃばる可能性のほうが高い。
理屈をつけて「バイアスじゃない」と正当化するというバイアスが発生する可能性は高い。

指摘されて改めるために最低限必要なのは、「自分はバイアスにかかる可能性がある」ことを自覚していることだ。

仮に認知バイアスの存在を知っていたとして、自分はそんな醜態は晒さないと自惚れているのなら、指摘は受け付けないだろう。というか自惚れもまたバイアスだ。

自分で気付いて訂正するのが本人にとっても他人にとっても一番いい。

自力で自分の思考や認知を評価、再考する能力は、認知を認知することから「メタ認知」と呼ばれている。





◆メタ認知:認知を再評価する

メタと言う言葉は、二次的な、高次な、~の後ろの、などの意味で使われる。
各分野に拠ってメタ認知の定義も違うんだが、ここではメタ認知とは認知の認知を指す。

「メタ認知とは認知過程及びその関連事物(情報やデータなど)に関する自分自身の知識をさす。
例えば、私がAよりもBの方が学習が困難であると気づいたとしたり、あるいはCが事実であると認める前にそれについて再確認しようと思いついたとしたら、それはメタ認知を行っているということだ。」—J. H. Flavell (1976, p. 232)

https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BF%E8%AA%8D%E7%9F%A5



もう一つ、「メタ記憶」というものもある。
簡単に言えば「どこでどうやってそれを知ったか」などのこと。
これも勘違いや騙されることを避けるためには精査する必要があるだろう。

簡単にいえば「自分を観察しろ」ということだ。
現実に人間の言動、それ以前の意思決定の段階で殆どは無意識レベルの反射と反応であり、その自覚もない。

前述のカルテジアン劇場、多くの人間はアレが自分の精神構造だと思っている。
だから分かっていることを間違えるはずはなく、出来ることはいつでも出きるはずだと思っている。
自分の思考/判断で物事を決めていると思っていて、だからこそ間違いは認められないし認知バイアスには気づけない。


「こんなことになるはずがない」
「こんなことを自分がやるはずがない」からだ。



その結果、失敗・間違いは大抵何かのせい、誰かのせいにする。
自分は何かの被害者で、妨害あるいは不幸が起き、ベストを尽くしたのに失敗した、と。


だが実際には思考はほぼ自動的な流れで結論に至る事が多く、厳密には「本人の意志」とは言いがたい。責任はもちろんあるだろうが。
だからこそ「自動的な部分」を監視/修正することでより「自分らしい言動」が出来るだろう。


メタ認知は自分の認知、感情、或いは言動に対しての客観的な評価をする能力。
この能力が低いと「自分がこう思っているのだからみんなそうだろう」という自分勝手、思い込み、勘違いを連発する人間になる。

特に「自分は正しい」と思い込むのでブレーキがかからないし、他人の目も気にしない。
ストーカーとかもメタ認知能力はないだろうね。


簡単なのは、以下の質問を自分にすることだろう

何か結論を得た時に、
・判断材料をどこで見聞きしたのか?
・その材料から結論に至るまでの思考過程を自分で思い出せるか?
・「その判断材料だけを見て」、今時分が思い浮かべている結論に到れるか?

要するに、その結論は「再現性」があるものかどうかのチェック。
同じ状況、同じ材料で、同じ結論に到れるかどうか。

再現できなかった場合、思考ではなくて感情や認知バイアスによる「歪んだ結論」かも知れない。


詳細はこちら:メタ認知とは 自分の監視/制御について


◆認知バイアスの存在理由

認知バイアスはとっさの判断が必要な時にあなたの行動を決定する(ここに一定の価値を見出している研究者もいる)し、普段何かを見聞きしている時にも情報を検閲してからあなたに届けている。

冒頭で述べた通りヒューリスティクス(精度を犠牲にして素早い判断を下す)として、価値はある。

その理由のほとんどは【自我または生命を守る】こと。ショックが強い現実をダメージが少ない認識に差し替えたりするし、とっさの時に判断をあなたに下させる。


自己奉仕バイアスなどの「自分の都合が良いように物事が見えるタイプのバイアス」も、結局は落胆や失望、或いは「現実」から自我を守るという働きをしている。


もう一つは「パターン化」。殆どの生き物がそうらしいが、法則が存在しない物事にも法則を無理にでも見出そうとする。動物実験などでもこれは明らかになっている。


人間でもそうだろう。黒猫やカラスは縁起が悪い、霊柩車が通ったら親指を隠せ、滑るや落ちるは受験生にとっては縁起が悪く、占いもそうだし信仰やオカルトもそうだ。

験担ぎやジンクスは全てこれに当てはまる。
さらに言えば、信仰の全て。神は人が発明したのだ。つじつま合わせのために。

これらのパターン化の理由は恐らく前述の「素早い判断を下し、行動に移るため」だろう。
要するに思考のフレームワーク。

つまるところ、偏見などの決めつけは「その方が楽だから」という理由にほかならない。
実際、「差別主義者は頭が悪い傾向にある」という報告も見たことがある。


ただ、精度の低さは無視できない。

野生なら間違い=死亡で自然淘汰されただろうが、人間はそうそう間違えただけでは死なない。
「間違えたまま生き続ける」という怖さが人間にはある。
例えば自分の葬式の時に参列者全員が満面の笑顔、と言うのは嫌だろう。








◆認知バイアスに気づかないでいると


「認知バイアス」と呼ばれているモノは、本人にとっては都合のいい解釈であることが多い。

そのままある意味【守られて】歳を重ねているとどうなるか、そこら辺を見渡せばサンプルがいくらでもいるのではないか。

そうして一部のバイアスは、しばしば人と話が噛み合わない、とっさに嘘を吐く、感情的になって手がつけられない、自惚れが強い、勝手に勘違いして暴走する、などのトラブルを引き起こし、「あの人はああいう人」と周りからは諦められる。本人も自分がそういう性格だと思い込んでいたりする。

また、認知バイアスは課題の発見を妨げる事が多い。「本当の問題」を本人に自覚させないように作用することが多いからだ。

「人間」と「本能」の根本的な価値観の違いも問題になってくる。
嫌いなやつを殴り倒すのは野生ではアリかも知れないが人間社会では警察沙汰だろう。

バイアスはそれと似たようなことをさせて、尚且つ「自分は間違っていない」と思い込ませる事もありえる。

子供の喧嘩でよく聞くだろう。
「だってあいつが悪いんだ!」
大人でもいるけど。

だが、問われるのは「そいつが何をやったのか」だ。



◆認知バイアスの種類

数はかなり多い。
認知的不協和、確証バイアス、生存者バイアス辺りは知っておかないと他人に振り回されたり、騙されたりするだろう。


・アンカリング

判断や結論が「第一印象」あるいは「目立つ要素」に引きずられ、歪む事。
日常の中で非常に多くありふれており、誰もがやったこと、やられたこと、両方あるはずだ。


→真面目に考えても間違える/騙される原因の一つ   アンカリングとは



・認知的不協和

人間が「事実/現実」だと思っていることと食い違う事実/現実に直面した際に陥るストレス反応。
かなり強くストレスを感じ、そのストレスから一刻もはやく逃れるために、時には自分に嘘を吐き、時にはかなり短絡的な反射的行動をその者に行わせる。


認知的不協和:後出しの「つじつま合わせ」



・自己奉仕バイアス

自己奉仕バイアスが強い人は、調子に乗りやすい/すぐに人のせいにするといった性格になる。自信過剰な性格ならば、これを疑ったほうが良い。

→参照:自己奉仕バイアス

・自己高揚バイアス

その者が自尊心の中心としているものについて、『自分は平均よりも上だ』と考える思考。認知バイアスの一つ。

簡単にいえば「自分が自信があるものについて自惚れる」バイアス。井の中の蛙。

ちなみに日本人は、口では謙遜するが内心では「自分は基本的には中の上だ」と思っている者が多いという話がある。

→参照:自己高揚バイアス







・確証バイアス

簡単に言うと、「そう思いたいからそう見える」と言うバイアス。

見たいものだけを探し、それ以外は目に入らない。

「第一印象はあたる」というのは、第一印象を肯定する要素(良い印象ならいい部分、悪い印象なら悪い部分「だけ」)を見ようとするから。

だから偏見も盲信も加速していく。限度を知らずに。

→確証バイアスとは


悲観主義と楽観主義(ペシミズムとオプティミズム)


まぁ大体は楽観主義がいいことで、悲観主義が悪者にされているのだが。
ハッキリ言ってどっちもただのバイアスだし、ましてや楽観主義が良いことというわけでもない。


悲観主義と楽観主義(ペシミズムとオプティミズム)へ移動



「自分はいつも失敗し、すぐ諦める」:ツァイガルニク効果

ツァイガルニク効果とは「やり遂げたことよりも諦めた/失敗した事の方がよく覚えている」と言う現象。
ぶっちゃけて言えば人間は後ろ向きが自然体のようだ。

◆失敗を覚えやすく、また思い出しやすい。
◆コミュニケーションに使える?
◆あなたの劣等感を強化し、いつまでも悩ませる。




ダニング=クルーガー効果

・「無能な人間ほど自己評価が高い」と言うバイアス。自分自身の無知、無能をメタ認知(自分の認知を客観的に認識すること)出来ないことが原因だとされている。

・ぶっちゃけると「馬鹿は自分が馬鹿だとわからないから自信満々」と言うバイアス。

・これを発表したデビッド・ダニングとジャスティン・クルーガーはこの研究によりイグノーベル賞の心理学賞を受賞。

・全ての人間はこのバイアスに捕らわれる可能性がある。苦手な分野なんて幾らでもあり、自分がそれについて詳しくないという自覚が常に出来るとは限らないからだ。

そんなつもりは全く無くても、後から思えば「半端な知識で知ったかぶった」経験はあるだろう。

・デビッド・ダニングはこのバイアスへの対策をいくつか述べている。
  • 実力を見につけ、且つ常に学ぶ姿勢を持つこと。
  • 本番の前の「予習」を怠らないこと。
  • 素早い決断、衝動的な決断はダニングクルーガー効果である場合があると知ること。
  • 自信を持つべきタイミングは、十全な準備をした上で本番に挑む時。

・一方、「知らないからこそ行動に移せる」「調べすぎると行動に移れなくなる」と言う意見もある。
確かに「ノウハウコレクター」なんて呼ばれる情報だけ集めて行動しないタイプの者もいる。最終的には行動に移さなければ始まらないこともまた事実だろう。

やると決めた、或いはやるしか無いのなら、それ以上は知らないほうが良いのかもしれない状況も在り得るか。


・ブレーマー


・都合が悪いことは全部人のせいにする。そこら中にいるから見たことも在るだろう。

自己奉仕バイアスや確証バイアス、ダニングクルーガー効果が見て取れる。

・一瞬で人のせいにして、尚且つそれを確信して疑わない。

・自分の責任や反省するべきことからの逃避。


→何でも人のせいにする「ブレーマー」のページヘ移動




・ミニ脚本

「交流分析」という心理学理論で提唱されるもの。

「やらなければならない」とあなたを駆り立て、「そのためには自由にしている暇などない」と強制し、時には「自分ができないのはお前のせいだ」と他人に責任をなすりつける。

その価値観や方法は、多くは過去に自分が経験した他人のやり方のトレースとなる。完璧にやり遂げるべきだと思うのか、人一倍の努力を尊ぶのか。それが出来なかった場合に自分のせいにするのか、他人のせいにするのか。

「普通の人間」の中にある歪み。これに気づかずに、それが自分の「性格」だと思っている者も多いだろう。

関連記事:あなたが「それ」をしてしまう理由:ミニ脚本:心理学



・ハロー効果

・ハロー(Halo)は「後光」を意味する。「こんにちは」ではない。

・それは、何か1つの情報を元に、他の部分も決めつける傾向のことだ。恋愛、ビジネス、広告、メディアなどで結構使われている。

パターンとしては、
話したこともないカフェの店員さんに一目惚れしてしまった(性格も良いに違いないと思い込む)

ある新入社員が、まだ実績を何も上げていないのにも関わらず、某有名大学出身と知れただけで周りが高評価してしまう

いつも気さくに話していたボサボサ頭のおじさんが、数々の芸術賞を総ナメにしていることを知って、印象がガラリと変わる

暗くてさえないと思っていた男性が年収1000万円だと知り、周りの女性が目の色を変える

好感度の高い芸能人を新商品のCMに起用することで、その商品のイメージもアップする

有名人や著名人の子供だと知られたことがきっかけでブレイクする

・例えば(下らない俗説だが)「字が綺麗な人は心も綺麗」みたいな話。現実には字が綺麗な人格障害なんていくらでもいる(個人的な考えだがむしろ多いはずだ。見栄えだけを気にするから)。

が、人間は綺麗な字を見た印象として、教養あるだとか、頭がいいだとか、品があるだとかを「想像」する。

・ちなみにテレビで林修が「頭がいい奴は自分しか読めないような字を書くことが多かった」といった意味合いの話を零していたのを以前見た。つまりは字の綺麗汚いと頭の善し悪しは関係ない。

 この「テレビで」と「林修が」という点で信憑性が増しただろう。これもハロー効果だ。

・実際テレビでそう言ってはいたんだが、あなたが今上記の文章を読んでそれを信じたのなら、それはハロー効果か、それとも自分の頭で考えた結果のどちらだろうか?

・これは反対のことにも言えることだ。例えばテレビが嫌いだとか、林修が嫌いだったら(なんか申し訳ない)、ただそれだけで疑い、否定する気持ちになることに不思議はないだろう。

 現実には誰がどこで言ってたかなんて「字が綺麗か雑かとその者の人間性や知性に関連があるか」というテーマには全く必用のない要素だ。それでも、ただそれだけで否定したりする。そういった、言わば「マイナスのハロー効果」もある。

・要するにハロー効果というバイアスは、身近を通り越して我々の頭の中の隅々にまで浸透しているレベルの日常茶飯事だ。

 恐らく本能に近いのだろう。野生では、対象を完全に理解するよりも先に、どう対処するのかを決め無くてはならないのだから。

・第一印象が大事なのはこれの影響が大きいからだ。あなたを全く知らない人間が、あなたの人間性や知性を「想像」する材料とは、身だしなみだったり言動だったりすることになる。

・日本人はハロー効果に対しての耐性がかなり弱いとする説もある。まぁ、実際そうだろうね。へりくだるのが美徳みたいなミーム汚染があるから。肩書に弱い。

儒教の悪影響だとは思うが、日本に限らず韓国などもかなりこの傾向が強いように思える。

特に最近、「韓国人の9割が認知バイアス」という報道が韓国メディアでされている。

・ハロー効果の最大の問題点は、「印象」と「認識」の区別がつかないことだろう。仮決定としては便利だが(なにせほぼ自動的かつ一瞬で行われる)、それに固執し続けるようでは異常な差別主義者に他ならない。
・ハロー効果そのものの防止は無理があると思われる。どちらかと言うと、『自分の今の認識(特に好き嫌い・信じる信じない)は暫定である』と言う自覚を持ち、常に情報を刷新する思考回路を育んだほうがいいのではないか。






・「サンクコストの見誤り」 またはコンコルド効果

・凄く簡単に言うと、「今まで支払ったコスト(人、モノ、金、時間など)が勿体無くて引き際を間違える」と言う心理。

・コンコルド効果の由来が組織としての話だったので一応集団バイアスに分類してみたが、個人でもかなり発生している。

→「サンクコストの見誤り」 またはコンコルド効果のページヘ移動

・集団奉仕バイアス

自己奉仕バイアスの集団バージョン。集団故にブレーキのなさ、自己肯定などが余計酷い。
意を同じくしないと【異端者】として迫害、追放されることも。

多くの人間は他者承認欲求、つまりは他人から認められたいという欲求を持っており、集団内での自分の居場所を確保するためにこの「暴走」に加担する。

・集団同調性バイアス

パニック状態などで『周りの人間と同じ行動を取る』心理だとされている。

みんなが逃げれば逃げる。みんなが逃げなければ逃げない。

自分がどうしたら良いかわからない場合、周りの真似をすれば助かる確率は上がる、そういった生存本能なのだと思われる。

恐らく1対1でもこのバイアスは働く。『不安にさせてから解決法を提示する』というのは簡単に人の信用を得ることができる。口先だけの人間がよく使う手口だからだ。

・昔外国の地下鉄で火事が発生した。電車内にいた人間たちは煙が立ち込めているにもかかわらず大人しく席に座り続けていた。誰も逃げなかったからだ。火が見えてからようやく逃げ出したという。

・また日本では震災時の避難が遅れた時、上記のような心理が原因だったのではないかと言われるケースが多々あったようだ。反対に逃げ延びた人は『人が逃げているのを見て逃げなければいけないと思った』らしい。

・『本当にパニック状態だけか?』と言う疑問が湧く。人間の進路や人生設計にまでこれは及んでいるのではないか?

「みんなそうしてるから」

と。まぁ確かに安全かもしれないが。


予言の自己成就、または自己成就予言(社会編)

・社会学として使われる。「ある状況が起こりそうだと考えて人々が行動すると、起こらなかったはずの状況が実際に起こる」こと。噂が現実になる。

参照:
→噂が現実になる:予言の自己成就、または自己成就予言(社会編)


生存者(サバイバー)バイアス

生存者、あるいは成功者は「正しいから生き残った/成功した」と思い込むバイアス。

実際にはただの偶然だったとしても、同じ方法で死んだり失敗したりした人間が100倍の数いたとしても、「生存者/成功者が言っているのだからこれが正しい」と信じ込む。

成功者の逸話や自伝を真似した所で大抵残念な結果に終わるのはこういうこと。

参照:
→自分の努力が報われない6つの理由



◆認知バイアスに気づくのは難しい

一部の発達障害や認知症の老人に特に顕著に見られるのだが、無自覚な言動を後から理由づけする「つじつま合わせ」の傾向がある。これらは一般的な人間も行っている。

1:自分がなにをやったのか初めから覚えてない・やった自覚がない
2:問題発生。責任や理由を問われる
3:理由が思い当たらない、やった記憶すら無いからどうしてこうなったのかを考える

この「考える」が曲者だ。なにせ本当は自覚がないのだから。
想像、妄想、とにかく「それっぽいものを」と考える。というか、探す。

よくあるのが、認知症になった老人が
「財布がない!!」「通帳がない!!」
「お前が盗んだんだ!!」とか騒ぐケース。

で、普通に神棚とか仏壇とかに置いてあるわけだ。
これは、
自分がどこに置いたか覚えていない →
→あるはず(だと本人は思っている)場所にない →
→誰かが盗んだ
という思考なわけだが、まぁ、覚えてないなら現状を説明する理由を考えるか想像するしかないのだろう。本人的には。



本人としては「理由探し」のつもりなのだろうが、客観的には自分が状況を受け入れるためのスケープゴート(生け贄)を探していることに他ならない。

例えば勘違いや思い込みなどで「やらかした」時。

なんであんなことを言ったのか、やったのかと責められることになるだろう。客観的に見れば自業自得なのだが本人には判断にバイアスがかかった自覚がない。
つまり「なんで自分であんなことやったのかよくわからない」ことがある。

時には人のせいにする。「自分は悪く無い」と自己奉仕バイアスがかかるのなら尚更に。

バイアスが問題を発生させ、問題がさらにバイアスを発生させる悪循環となる。


対策としては確認をすることしかない。
第三者の意見を聞いたり、もう一度考えなおしたり。
どんなバイアスがあるのか知ることも有効だし、何よりメタ認知を心がけるのが良いだろう。

よりによって結構重要な場面(大きな決断や対人面など)でバイアスはかかりやすい。
緊急性がある時と同じくらいに「どうしたら良いかわからない時」もまた認知バイアスが発生しやすいからだ。

慎重さはある程度は必要となるだろう。






■カテゴリ

→認知バイアス

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◆関連リンク

思考・意識:目次 i013

→認知バイアスという言葉は何を指すのか

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