自己愛の見分け方 その5
§感情で見分ける
「人を見る目」には個人差がある。
悪人に慣れていない人は、なかなか「こいつはやばい」と気づくことが出来ない。
だが、「違和感」を感じることは出来る。
普通のふりをした、普通じゃないものに対して。
自分がどう感じたか、そこから危険を察知しよう。
・その人と居る時、いつも作り笑いをしていないか?
自己愛は本質的には癇癪持ちの子供のようなもので、
すぐに不機嫌になったり、感情的になったりする。
相手とコミュニケーションをとっている最中も、
不快を示したり、怒ったりして相手が思い通りになるように誘導する。
結果的に相手は自己愛の顔色を無意識にうかがうようになり、
機嫌を損ねないように作り笑いが顔に張り付くことになる。
特定の相手と話した後、心は緊張して、顔は作り笑いが張り付いているのなら、
相手は自己愛かもしれない。
◆
・会話は問題なかったのに、何かストレスが残る相手
人間は言葉よりも、相手の視線、仕草、声の抑揚などの印象を強く受け取る。
反対に自己愛は「言葉だけ」は上手く取り繕うので、
「酷いことを言われた」みたいな状況は、彼らが本性を表した後だろう。
まぁデリカシーが元からないので引っかかる物言いは多い。
それより前に相手が自己愛だと気づくには、会話が終わった時、
自分に「透明なストレス」がないかどうかだ。
具体的に何か言われたわけではない、何かされたわけではない、
でも不快だ。ストレスを感じる。
それは言葉以外の相手の仕草から、
相手があなたを馬鹿にしていたり、
何らかの形でターゲットにしようとしているのを感じ取ったからかもしれない。
具体的な言動は無難なものなので、原因を思い出そうとしてもわからない。
特定の相手からそういった「透明なストレス」を感じ続けるのなら、
避けたほうがいいだろう。
・話しかけられた瞬間「またかよ」と思う
自己愛の会話の持ちネタは自慢か他人の悪評などで、楽しい話題ではない。
その上で洗脳するかのように同じことを何度も話す。
話すというか、「言い聞かせる」「押し付ける」と言った話し方。
話題も話し方も愉快ではない上にしつこいので、
そのうち話しかけられると「またかよ」と感じる。
・「偉そうだ」と感じる
基本的に「自分はすごい偉い」という立場になりたがるので、
「対等な付き合い」が出来ない。
押し付けがましいアドバイスや、ダイレクトに指図など、
「上から目線」の言動に次第になっていく。
以上。あなたの周りにもいるだろうか?
もしいるのなら、彼らの発言を鵜呑みにはせず、意識して距離感を保つようにしよう。
彼らから学べることは何もない。
特に距離感に対しては、自己愛の傾向が手遅れなものは、
他人がパーソナルスペースを意識することすら認めないので注意。
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