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1998年 関西医科大学 研修医過労死事件

1998年 関西医科大学 研修医過労死事件


◆目次

◆被害者について
◆勤務状態
◆死亡当日
◆訴訟
◆争点となった部分
◆何が勝敗を決めたのか
◆訴訟から判決までの期間
◆補遺
◆参照サイト



◆被害者について

・研修医、当時26才、男性。

・被害者は大学時代は陸上部に所属。体は頑丈な方だっただろう。持病はなかった。

・本人は真面目な性分だったらしい。

・研修医となってからも仕送りが必要な状態だった(後述するが最低賃金以下の収入だったため)。
頻繁に呼び出されるため職場である病院近くのマンションに引っ越していた。

・死亡一週間前、父親に「食事も取れない」「胸が痛むが働きながら見てもらう時間がない」と話していた。

・指導医や同僚にも、被害者が立ったまま居眠りをしていたり、胸を抑えて苦しんでいる姿が目撃されている。

・研修医となってから死亡までの期間は二ヶ月半しかない。


◆勤務状態

1998年6月から関西医科大学附属滝井病院(当時1011床[7])の耳鼻咽喉科で研修を開始した[8]。
研修は、午前7時半から午後10時過ぎの連日15時間以上に及び[7]、指導医から指導を受ける他にも一医師として一人で患者への点滴や採血、診察と処置を行い、夜遅くまで医局の雑用やデーター整理も任されていた[4]。

研修医も、その医療技術の習熟度はともかくとして、職務の実態は普通の医師と殆ど変わらず、午前7時30分からの入院患者への点滴、採血に始まって、午前、午後の外来診察、週2日の手術日における手術の立会い、指導医に付き添っての病棟診察補助などが続き、夕方に指導医がアルバイトにて不在となる日には、指導医に代わって病棟患者の診察などを担当していた。
・時間外でも頻繁にポケベルで呼び出され、土日も関係なく出勤していた。

・上記に加えて夜勤。

・連続で38時間の勤務を月に6回。夜勤(24)+通常(14)ということのようだ。これが夜勤の度に行われていた。繰り返すが「連続」で38時間。

・勤務時間が週114時間ということも。

・彼のこの勤務に依る「収入」は奨学金としての月6万、当直一回につき1万のみ。
この上で源泉徴収もされていた。

◆死亡当日

・午後2時まで研修、午後七時に同僚らと会食、午後11時頃に帰宅したとされている。

翌日、出勤してこない、電話にも出ないとの連絡を病院から受けた父親が息子のマンションへ。

昨日のままの服装で、胸に手を当て、座布団を枕にして横たわって死亡しているのが発見された。

・死亡推定時刻は午前0時頃。

死亡届などには「急性心筋梗塞疑」と記載された。解剖は遺族の希望で行われていない。

・この時点で大学は給付や支給金として遺族に金を払っている。
遺族は、労働者災害補償保険法による保険給付として葬祭料50万540円、遺族補償一時金・遺族特別支給金合計951万8000円の合計1001万8540円を大学より支給された[8]。

メモ:
・支給額と勤務時間からわかるだろうが、雇用側は被雇用者の生活への負担については一切考慮していないようだ。




◆訴訟

訴訟1

遺族(研修医の父母)は、1991年5月11日大阪地方裁判所に逸失利益・慰謝料等1億7000万円の賠償を求めて提訴した[7]。

2002年2月26日大阪地方裁判所は、研修医が従事した時間を月801時間と認定し[14]、約1億3500万円の支払いを同医大に命じた[15][14]。

長時間労働による研修医の過労死が認められた初の判決となった[15]。

この判決を不服として大学側は大阪高裁に控訴した。
・第一審では全面的に遺族側が勝っている。

・2004年7月15日に2審となる大阪高等裁判所で判決が言い渡されている。
大学側に8400万円の支払いが命じられた。
大学は上告をせず、二審の判決がそのまま確定。

訴訟2

これとは別に被害者の両親は、「最低賃金未満で働かしていた」ことに対して未払賃金を求める訴訟を地裁で起こしている。

大学側は「研修医は労働者ではない」と主張。

一審、二審と原告側の訴えが認められたが大学側は最高裁に上告。

「病院のために患者に対して医療行為に従事することが避けられず、研修医は労働者に当たる」として二審の判決である42万1245円を支払えとの判決を指示。

大学側の上告は裁判官全員一致で棄却された。


研修医の扱いを問う意味で意義のある訴訟だった、とされている。

労働基準法違反

2001年4月27日大阪北労働基準監督署は、関西医科大学と事件当時の学長、総務部長の2人を労働基準法違反の疑いで大阪地検に書類送検した[17][18]。
・これに対しても大学側は「研修医は労働者じゃない」と繰り返している。

・この件は起訴猶予処分とされている。
 ・当時の学長については「労務管理に関わっていない」と判断された。
 ・関西医科大学と事務部長に対しては「今後の労務管理などの徹底を制約した」として。

※補遺4を参照のこと。

◆争点となった部分

「研修医は労働者じゃない」

「研修は教育であり過酷じゃない」

・給料の名目が「奨学金」である時点で分かる通り、従業員扱いをしていない。
どうもこれは業界全体に言えることだったようだ。
文部科学省の調査に依ると、別の国立大病院では診療時間が一週間の内、教授3時間、助手が19時間であるのに対して研修医は78時間だったという。

この上で生活がままならないほどの安月給であり、残業代もどうも出ていない。
要するに当時の大学側は「タダ同然だからこき使ってやろう」という態度であることが記録からは見て取れる。

・これについての裁判所の判断は、「研修医は医療業務の一部を担っており、労働契約と同様の指揮命令関係化にあるとして勤労者とみなす」、だった。

この事例は「研修医は労働者かどうか」が初めて司法の場で問われたケースだったという。

「午後七時以降の居残りは自主性に任せた任意である」

「休む自由はあったし眠る時間も十分にあったはずだ」

「死亡前日も知人と会食、上司宅への訪問などをしており、本人の健康管理に問題が有ったのではないか」

・…例えばだね、あなたはまぁ、社会人だと思うが、一ヶ月後に特別理由もなく有給休暇を取れるかね。
もちろん「ろうどうしゃのけんり」としては出来るはずだ。だが、現実に取れるだろうか。

職場の雰囲気にもよるが、許可されない職場もある。
そして大抵は取れはするが理由をしつこく聞かれたり、いい顔をされなかったりするだろう。上司だけではなく、同僚にもだ。
これらを利用して「言いづらい雰囲気」を意図的に作り出している職場もある。

これらは「抑止」として機能する。「都合が悪いが言われたら認めなきゃいけないことをさせないため」の。

こういった圧力は法律や名目上の「権利」とは無関係に存在し、まかり通っている。

・上司宅への訪問ねぇ。これも前述の有給休暇の例と同じじゃないだろうか。
ただ単に友達のいない上司に「呼び出された」だけであり、好きで訪ねたわけじゃないと思うが。

・裁判所の判断は、「検診もしてないし、研修時間のペース配分も考えちゃいないくせに『勝手に休んで診察受けるべき』とか何言ってんだこいつ(意訳)」だった。
後述するが、検診をしていれば死因に対しての適切な治療が出来たかもしれないとのこと。

「死因は急性心不全ではなく、ブルガダ症候群だ」

ブルガダ症候群は前触れがない心筋梗塞。
アジア人の男性に多く、夜間に発症することが多いようだ。該当してるね。

まぁ、死因がこれだったとしても、労働環境自体が犯罪レベルだったのは確実(後に書類送検されている)。

・裁判所の判断は、「たしかにブルガダ症候群であると考えられるが、死因がそうだとしても労働環境と因果関係があるとすべきである」だった。

・大きく見て遺族側の勝利とはなったのだが、大学側が主張した被害者の健康の自己管理ついても幾らかは汲み取られている。
- 慰謝料2000万、死亡逸失利益8425万6124円、葬儀費用120万円の合計1億545万6124円の損害額を認定するが、本人も自覚症状がありながら受診していないなど健康管理に問題があったといわざるえず、双方の事情を総合勘案すると本人2割、病院8割の過失割合として相当と判断した[8]。
これは被害者自身が医師免許を持っていたことも影響を与えていると思われる。
メモ:雇用者側の傲慢さ、無関心さが異常だった場合、自分のために自ら行動に出る必要はあるだろう。
たとえそれで周りの目が冷たくなるのだとしても。



◆何が勝敗を決めたのか

最も大きな勝因は父親の執念だろう。
亡くなる1週間前に実家に帰ったときにも、ご両親に「時々胸が痛む。僕は倒れるかもしれない。でも倒れても病院が近いから大丈夫や。」と述べていた。
ご両親は、このときに何故無理矢理にでも仕事を休ませなかったのかと、後に、強い後悔の念にかられた。
生前こんな話を聞いていた上、学生時代は運動部所属、若さもある息子が亡くなったのは過労だと考えたらしい。

葬儀当日に偶然入院患者の1人から電話があった。
父親が息子が亡くなったことを告げると電話の相手は「それは過労死に違いない、彼は病院でもとても疲れていた」、と語った。

後に裁判をすることになり、証言の依頼を電話の主にしようと思ったが、名字しか聞いていなかった。
新聞の尋ね人に広告記事を載せてみたが連絡が取れない。
そこで電話帳にある同姓の人間全て(数千人)に往復はがきで事情を書いて送り、ようやく見つけることができ、無事裁判において協力をしてもらえたそうだ。

・あと、この人は社会保険労務士だった。知識は十分にあるどころか、労働基準法の指導をする側の人間だった。
ちなみに職業柄見聞きするブラックな職場の中でもこの医大がダントツで劣悪だったらしい。

いち早く気づき、疑い、行動し、全力だった。これは大きいだろう。

もう一つ、大学側があまり罪悪感を感じていなかった点。
端的に言えば3つの訴訟沙汰の争点が全て、「研修医は労働者じゃないから」という一点張りの言い分に終止しており、明らかに勤務実態と乖離した言い分だったので崩すことが出来た。

父親が訴訟を起こすつもりだと感づいてからは非協力的になったらしいが、それまでは適当に相手はしていたようだ。
この手の訴訟で良く聞く証拠隠滅や口裏合わせなどの工作は今回調べた限りでは見当たらなかった。

正々堂々としていた、というわけではないだろう。1つ目の裁判は二審まで、2つ目に至っては最高裁までもつれている。労災認定への協力もしていない。

つまりは本気で「悪くない」と思っており、何もしなくても裁判で勝てるとでも思っていたのではないだろうか。

結論として、本当に「この業界ではこれが当たり前」だったのだろう。怖い話だ。
誰も疑問に思わなかったのか、染まったか、諦めたか。どれだろうね。

だが、過労死者を出したブラック企業が大体口にする「業界ではこれが普通」と言うバカ理論は基本的に裁判では通じないようだ。
まぁ 業界の常識 < 法律 だろうから当たり前なのだが。

◆訴訟から判決までの期間

訴訟1:逸失利益・慰謝料等

第一審 1991/5/11 提訴 
→ 2002/2/26 約1億3500万円の支払い命令。 
→ 大学側は控訴。

第二審 2004/7/15 8400万円の支払い命令。
大学側は控訴せず。

訴訟2:未払賃金支払い

2000年に訴訟 
→ 一審、二審共に支払い命令が出たが大学側は上告 
→ 2005/6/3 最高裁は 42万1245円の支払い命令(二審での判決)を支持。 

労災認定申請:

1998/10 申請 
→ 2002 労災認定。大学は協力しなかった。

労働基準法違反:

2001/4/27 大阪北労働基準監督署が関西医科大学、事件当時の学長、総務部長を労働基準法違反の疑いで大阪地検に書類送検。
→ 2001/8/10 大阪地検は起訴猶予処分とした。

◆補遺

補遺1 研修医の扱い

研修医は医師免許は持っているが臨床試験がない状態。
少なくとも当時は最低賃金以下の「奨学金」でこき使われ、生活のためには別にアルバイトなどで糊口を凌ぐ必要があった。
文部科学省の調査によると、ある国立大病院の内科医局では、研修医の診療時間は週78時間だったのに対し、教授はわずか3時間、助手で19時間であり、大学病院が「安価な研修医の労力」に依存する姿が浮かんでくる[4]。
こういった環境は研修医による医療ミスの要因となっているとの指摘もある。

・大半の研修医には健康保険や労働保険もなかったようだ。
2000年4月の時点で、研修医に健康保険と労災保険に加入しているのは私立医大付属病院49病院中17病院だけであった[6]。
「労働者だと思っていない」という大学側の言い分は業界全体に根強いと考えることができる。

父親が病院側に問い合わせた際に、
「研修時間は研修医に自主管理させており病院に責任はない。支払っているのは給与ではなく奨学金なので、雇用関係でもない」と説明された[7]。
と言われている。

補遺2 再発

・父親が息子の死因について調査している最中、別の内科研修医が突然死している。
この時点で過労死が発生するような労働が関西医科大学全体で常習的に行われている可能性を疑ったそうだ。

補遺3 少しは変わった

・この事件とそれに纏わる訴訟は研修医の労働環境改善のきっかけとなった。
多少はマシになったらしい。「多少は」ね。

補遺4 起訴猶予処分について

・起訴したら有罪になるだろうと予測される事件に対して行われる。
明確な証拠がない場合は「不起訴処分」とされるので、この過労死事件が労基的に有罪レベルだったのは間違いない。

・起訴猶予処分とされた場合、前科にはならないが前歴になる。
これは別件で起訴された際の情状証拠となる。

・気になるのが起訴猶予処分の基準なのだが、Wikipediaにはこう書いてある。
被疑事実が明白な場合において、被疑者の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときに検察官が行う不起訴処分である(刑事訴訟法第248条、事件事務規程(法務省訓令)第75条2項20号)。
この時まだ二審の判決は出ていない。「既に別件で制裁は受けた」的な判断はないだろう。
起訴猶予処分の理由として挙げられていた「関わっていなかった」「今後気をつけます、程度の口約束をした」くらいで起訴猶予になるのは異常に思える。責任はあるのだろうし。
まさか「業界ではこれが普通で、悪気はなかったから」なんて理由じゃないだろうな。

メモ:感想としては、
  • 労働基準局は仕事をする。
  • 地検はなんかうさんくさい。
  • 本気で「何が悪いのかわからない」ブラック企業は存在し得る可能性。
  • 訴訟の時間はやっぱり長い。

参考サイト:
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カテゴリ:社会

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