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悲観主義と楽観主義(ペシミズムとオプティミズム)

悲観主義と楽観主義(ペシミズムとオプティミズム) 

 
 
まぁ大体は楽観主義がいいことで、悲観主義が悪者にされているのだが。
ハッキリ言ってどっちもただの認知バイアスだ。

§目次

◆あなたはどちらかを判別する分かりやすい問
◆便利な世の中だからこそ
◆あなたがどんな言葉を使うのか
◆あなたの「人生観・世界観」に影響を与えている
◆関連リンク


◆あなたはどちらかを判別する分かりやすい問

- 「テーブルの上にあるウイスキーのボトルを見て、『もう半分しか残っていない』と嘆くのが悲観主義者。
『まだ半分も残っている』と喜ぶのが楽観主義者である」
ジョージ・バーナード・ショー
まぁあなたがどちらだろうとどうでもいいんだが。

最も重要なのは、どちらも「認知」であり、「知覚」とは違うという点だ。
要するに、「そう思った」だけであり、主観である。

現実はボトルにウイスキーが半分「ある」ということであり、「もう半分」だろうが「まだ半分」だろうがそれは個人の「感想」である。

だが、主観的には「ウイスキーのボトルを見た」と言う認知をすっ飛ばして「もう半分」「まだ半分」という感想にいきなり飛ぶ。

こう思った時点で既に認知バイアスは働いており、いつもながら本人はそれに気づかず、「もう半分」「まだ半分」が「事実」だと認識する。



◆便利な世の中だからこそ

・例えばわからないこと、知らないこと、悩み事がある時もネットで検索すれば解決の糸口くらいは見つかる世の中だ。

だからこそ、自分が悲観か楽観か、どちらの傾向があるかは把握しておいたほうが良いだろう。

・あなたが何かを調べようと思いキーワードを考えた時、既に認知バイアスは働いている。
大抵の場合、無意識的に「期待するサイト内容」のイメージがある。
「予想している答えがある」と言ってもいい。

そして実際に検索した際、そのイメージに該当しているサイトを無意識に探す。というかそれが見つかるまで探す。
単語の意味を調べる程度ならまだしも、それが是か非かとか、世論を知りたいなどと言った場合にはやらかす可能性は高い。

たとえ見つからなかったとしても、下位の順位のサイトを探すか、別の(似たような)キーワードを使って「予想している答え」を探す。

望みどおりのサイトじゃない限りは「これは違う」としてまた別のサイトを巡る。

・問題は、そのページだけを見て満足し、それで終わることだ。

それに一致したものが見つかればそれ以上は満足して普通検索しない。

「やはりそうだったか」
「思った通りだった」

これで終わる。

その後、
「やっぱり自分はだめなのか」
「やっぱり自分はこのままでいいんだ」
となる。

たとえ散々探して見つけたサイトだとしても「やはりそうだったか」とか思う。
それまで「そうじゃない」サイトがいくら目の前に出てきたとしても。

・この行動は確証バイアスに近い。
加えてキーワードに応えたネガティブ/ポジティブなサイトばかり見たりしていると、あなたの思い込みは強化される可能性は高い。
特に賛否が分かれている様な場合や、他人の意見にどんなものがあるかを調べる場合に発生するだろう。
鳩か鷹か、AndroidかIOSか。きのこかたけのこか。
つまりこの行動とは「見たいものだけ見ている」事に他ならない。「どう思うか」と言う部分が初めから決定されている。それに従って過程を踏むという現象が起きている。

そうして集めたものだって無価値だとは思わないが、大切なのはバランスだ。
だから自分が「偏ってきた」と思ったら、ちょっと離れた視点から改めて考えてみることも大切だろう。

認知バイアスのすべてに言えることだが、これは無意識そのものだから大抵は気づかないうちにやらかす。気づくのはその後だ。夢遊病者のように意識がどこかへ行き、その間にやらかす。
その後「目を覚ますこと」に拘ったほうが建設的だろう。

何れにせよ、知識や思い込みは行動パターンや行動選択に影響を与える。
自分がどんな情報を取り込む傾向があるのかは知っておいたほうがいい。

・この問題の解決法は、調べているつもりでも無意識的に欲しい答えを「探している」可能性を考慮すること。

言い方を変えれば、調べ物がいつの間にか「自分の予想があっている証拠集め」になっていないかどうかのセルフチェックを。

また、向こうから情報が飛び込んでくることもある。RSSだとか、テロップだとか、メールやラインだとか、噂話だとか。
この際も「自分がそう思いたいこと」とその情報が一瞬で同化する、或いは強烈に反発することがある。
自分が一瞬で信じた、或いは一瞬で「それは違う」「それは嫌い」と思ったのなら、あなたはそれに何かを投影しているか、混同している可能性を疑ったほうが良いだろう。

・まぁ気楽なネットサーフィンくらい好きにすりゃ良いと思うが、その隙を狙うメディアもある。
やたらと男女間、世代間、とにかく「派閥同士」の争いを煽るようなネタばかりトップに来る所とか。
まぁ彼らは仕事をしているだけだ。悪いとは言わない。効率的に飯の種を稼げる方法なのだろう。
選んで見ているのは個人個人だ。その結果どうなるのかも個人個人の管理下にある。




◆あなたがどんな言葉を使うのか

・自発的に口にする言葉にも影響を与える。
言葉以前に見るもの(見えるもの/注目するもの)に認知バイアスがかかり、つまりは「取捨選択」しているので当たり前といえば当たり前なのだが。

だから他人から見た「あなたが悲観主義者か楽観主義者か」は大抵当たっているだろう。

◆あなたの「人生観・世界観」に影響を与えている

・「悲観や楽観として見よう」というのがまずあり、それが確証バイアスによって強化される。
あなたは世の中が「あなたのイメージ通り」に見えるし、そうであるという「証拠」をあなた自らが集めている。

また、そのイメージが言動に間違いなく反映されるのであなたの周囲の人間はあなたが「そういう人」だと認識し、そう扱う。
予言の自己成就と似ているが、結果的にあなたは実際に「そうである」ということになる。

・ちなみに冒頭で述べたがポジティブ過ぎるのも問題だ。
「良い所しか見ない」のがどれだけ危険なことか、各々少し考えてみるべきだろう。

極端な話だが、「信号無視しても無事通過できて時間短縮になった」と言う経験を持つ者がいたとする。

前大丈夫だったからいつも大丈夫だろうと思ったら(こんなバカいないと思いたいが)、その内絶対に死ぬだろう。
ポジティブシンキングが行き過ぎるとそれは「自信満々のバカ」になる。
一人で自爆するならまだいいが、高確率で他人を巻き添えにする。迷惑極まりない。

・また、ポジティブの「質」にもよる。
自分より悪い例を探して「アレよりはマシだから」なんて言うようなのは、「自分はこのままで問題ない」と言い張っているのと同じだ。

これの度が過ぎた状態は「ポリアンナ症候群」と呼ばれ、心的疾患だとされている。
女性に多いらしいね。

・危ないものは危ないし、ダメなものはダメである。

冒頭で述べた通り、ポジティブもネガティブも物の見方であり、「現実」とは違う。

白でも黒でもなく、「それがなんなのか」を知ろうとしない限りは、まともな対応が出来ることはないだろう。

これらはあなたの「物事を見るときのクセ」だと思えばいい。
「現実」ではないのだが、本人は「これが現実」としてそれに従い生きる。
だからこそ悩まなくていいことに悩む者も居るし、危機感が全く無いような人間もいる。

クセ自体はどうしても出てしまうだろう。ただ、それに気付いて修正するということは出来る。
世の中はあなたが思っているよりも優しいかもしれないし、あなたが思っているよりも甘くはないかもしれない。

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