噂が現実になる:予言の自己成就、または自己成就予言(社会編)
◆目次
◆社会における予言の自己成就、または自己成就予言とは
◆実例:豊川信用金庫事件
◆「噂が現実になる」
◆間違いでも参加する
◆正解が後から変わる
◆現代のほうが危険
◆身近に溢れている「予言」
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◆社会における予言の自己成就、または自己成就予言とは
・社会学として使われる。「ある状況が起こりそうだと考えて人々が行動すると、起こらなかったはずの状況が実際に起こる」こと。
・未来について言及し、自分達でそれを叶えること。自作自演の自覚はない。
・バイアスそのものというよりは、バイアスにより発生する現象と呼んだほうが正確だろう。
・個人でも在り得るが、特に社会現象として発生しやすい。
・「予言」したゴールに人を駆り立てるので、予言次第では酷いことに。
◆
◆
◆実例:豊川信用金庫事件
・ケーススタディとして「豊川信用金庫事件」を挙げる。
割と有名なので(テレビなどで何度か取り上げられている)、話の流れはあなたも知っているかもしれない。
・1973年、「豊川信用金庫が倒産する」と言う話を聞きつけ、取り付け騒ぎになった。
現実には豊川信用金庫が倒産する要素は一切なかったそうだ。
・この件は信用毀損業務妨害として扱われ、警察が調査に動いた。
・結論から言うと、冗談(或いは嫉妬)の軽口を真に受けた者たちが噂を広め、内容もエスカレートしていった、ただそれだけの話だった。
・騒動の「発端」から警察の発表までの流れが以下。
1973/12/8
・豊川信用金庫に就職が決まった女子高生に対して友人二人が「信用金庫は危ないよ」とからかった。
この発言の動機は、
先に就職が決まった友人に対する嫉妬
強盗が来るから危ないと言う意味
都銀に比べて経営が安定してないんじゃないかと言う意味
などなど、諸説ある。
いずれにせよ、ありふれた動機、ありふれた発言だろう。
・言われた彼女はそれを真に受けた。その日の内に親戚に「信用金庫は危ないのか?」と尋ねる。
・その親戚はさらに別の、豊川信用金庫の近くに済んでいる親戚に電話で問い合わせた。
12/9
・いきなり電話で変なことを聞かれたその親戚は、知人の美容院経営者に「豊川信金が危ないらしい」と話す。
12/10
・美容院経営者が別の者とその話をしている際、居合わせたクリーニング店主の耳に入り、さらにその妻に伝わる。
12/11
・町内のおばちゃん連中の間では豊川信金の話で持ちっきり。通行人の耳にも入り始める。
この時点で「豊川銀行は危ない!」と断定調に変化していたようだ。
おばちゃんがネタを得た翌日にはこれだよ!
12/12
・噂が街レベルで蔓延する。
たった一日で町から街レベルに。
12/13
・先程のクリーニング店店主の店で電話を借りた者が、電話の相手に「豊川信金から120万おろせ」と指示(彼は仕事で必要だから指示しただけで噂は知らない)。
・それを聞いていた店主の妻は豊川信金が倒産するから金をおろすのだと考え、自分が預けていた180万円を慌てておろした。
・クリーニング店店主と妻はこのことを周りに喧伝して回った。
恐らくこの時点で彼らは噂が事実なのだと思い込んだのだろう。
・それを聞いたアマチュア無線愛好家が無線を使って噂を広めまくった。
・この日この噂を信じて窓口に駆け込んだ者は59名、引き出された金額は約5000万円。
正直、当時の貨幣価値なんてわからん。
※
俺の初任給・・・昭和46年で2万3千円ほどだった。地方の県立高校教員だった。民間では5万が普通だった。
ヤフー知恵袋より:
※
だそうな。まぁ、民間企業のサラリーマンの月給の1000倍と考えれば…、今だと億単位か。
・この日もまた、噂は「進化」し続けていたようだ。興味深い証言がある。
※
同信金小坂井支店に客を運んだタクシー運転手の証言によると、昼頃に乗せた客は「同信金が危ないらしい」、14:30の客は「危ない」、16:30頃の客は「潰れる」、夜の客は「明日はもうあそこのシャッターは上がるまい」
Wikipediaより:
※
もはや彼らの中で未来は確定している。そしてその認識と、それを元にした言動が実現へと向かわせる。
12/14
・異常事態だと認識した豊川信金が何か声明を発表したらしいのだが、それを曲解されてさらにパニックが加速していく。
・二次デマが発生。
「職員の使い込みが原因」
「理事長は自殺した」など。
・豊川信金がマスコミに事態の沈静化のための協力を依頼。
朝日新聞「5000人、デマに踊る」
読売新聞「デマに踊らされ信金、取り付け騒ぎ」
毎日新聞「デマにつられて走る」
など各社はこの事態を「デマに踊らされている」として記事にする。
朝日と毎日……おまえらが言うなよって言うツッコミはしちゃいけないかね?
いやー、もちろん記者に依るのは解ってるけどね。
・日本銀行(日銀)が動く。
考査局長が記者会見で豊川信金の経営は「問題ない」と発言。
日銀名古屋支店を通じて現金手当を行う。
※この現金手当というのがハッキリしない。多額の金を引き出されたから現金を補充したと言う意味合いでいいのだろうか(日銀は銀行相手の銀行である)。
・日銀から輸送された(恐らく上記の現金手当のことだろう)高さ1メートル、幅5メートルの札束をわざわざ預金者たちの見えるように山積みにしてアピール。
12/15
・「自殺した」と噂されていた理事長が窓口で対応するなどにより、ようやく事態は沈静化し始める。
12/16
・警察が一連の騒動の流れを解明、発表。
・長くなってしまったね。正直な所、これらを即解明した警察がすごいって印象が一番強い。
◆
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◆「噂が現実になる」
・一応フォローしておくと、当時の同地域には噂が信憑性を持って広がる余地が予め有ったようだ。
オイルショックに依る社会不安、トイレットペーパー騒動(多分小学校で習っただろう)
騒動の七年前、隣の市で実際に金融機関が倒産している。この時、金は出資者にほとんど戻ってこなかった。
(話の途中で出てきたクリーニング店夫妻はこの件の被害者だったらしく、だからこそ過敏な反応、善意からの喧伝をしたのだと言われている。)
当時100万まではペイオフの対象だったようだが、ペイオフ制度の知名度は全然なかった。つまり預金者は「倒産したら預金はゼロになる」と言う認識だった。おまけに7年前に前例があった。
・ちなみにアメリカの旧ナショナル銀行で1932年に同じことが起きている。こっちは倒産したそうだ。
・面白いのが、実際にデマを信じて金を降ろしていたほうが安全だったと思われること。
彼らはその時代においては普通の市民だったはずだ。そして、彼らの判断はある意味では「正しい」。
事実として、たかがデマだけで豊川信金は潰れかけた。それも発端はただの軽口であり、少なくとも信金を潰してやろうとする目的はなかったはずだ。
バイアスの傾向である「情報の真偽よりも印象で判断する」パターンがこのケースでは有効に働いている。
以上から、バイアスは本人にとっての危機的状況では意外と有利に働くこともあると分かる。
そして集団、社会的な事件だったことも忘れてはならない。
この件では、もはやデマだと分かって何もしないほうが危険な状態になっていた。何せ実現しかけていたのだから。
デマだと見破った所で、実際に旧ナショナル銀行のように倒産する可能性が現実味を帯びていた状態だった。ここまで来ると慌てて窓口に駆け込むほうが正解に変わる。
言い方は悪いが、「馬鹿に合わせるのが正解」である状況は存在するということになる。個人単位で身を守るためには。
◆間違いでも参加する
・これは、残念ながら社会(特に小さなコミュニティ)において「真実」「道徳」には大した価値が無いことを意味する。
コミュニティでの立ち位置を維持するためには物事の是非よりも空気を読むほうが大事。サラリーマンだろうが保護者同士の集まりだろうが。子供の集まりにしたって「ノリ」が悪けりゃハブられるわけで。
殆どがこういった「大人しい」人間だからこそ、空気が読めない上に突出した馬鹿が問題を起こすのだが。だが、大人しいだけじゃ抑止力にもなれやしない。
・集団イジメとかそうだろう。元を正せば個人の喧嘩か、ただの好き嫌いだ。ではなぜ「集団」になるのか。参加することが「空気が読める大人しい」連中にとって自分の立ち位置を守ることになるからだ。
大抵の場合、中心となる加害者には最初から取り巻きがいる。その小さな集団でリーダーたる「中心」の意に従わなければ異端とされる。拠って取り巻きはリーダーの意思に従う。
グループ、つまり集団がそうなれば、それらを見ていた「大人しい」連中は生存戦略のために参加する。大人でも職場イジメは同じだろう。
これらは畜生道まっしぐらな1人のバカが実行することから始まる。普通の人間は「やりたくてもやらない」。
集団内では抑止や浄化作用は期待できない。その集団内での「生存」の方が優先されるからだ。ブレーキが存在していないから規模、内容ともにエスカレートする。
だからこそ教師や企業といった強制力が在る所に監督責任が行くんだが。尤も、実行犯が無実にもなるまい。
・「予言」が言葉になっているとは限らない。この場合は中心たるバカの「あいつをイジメてやろう」というのが取り巻き、そして傍観者に伝播、実現している。
このように豊川信金のような自然発生とは違い、方向性だけで言えば意図的な発生をする場合がある。
◆正解が後から変わる
・これらの「予言の自己成就」は、株やFXにも当てはまる。特に短期トレードでは完璧に時勢を読むよりも、大多数がどう動くかが分からなければ勝てないだろう。
東日本大震災の際、JPY(日本円)の価格が乱高下したことは知っているだろうか。
震災直後、まずかなりの円高になった。
これは保険会社が震災保険の支払いのために、海外の不動産を売却→日本円を購入すると読んだものが多かったからだ。
保険会社が大量の日本円を調達(購入)する→日本円が値上がりする→今のうちに日本円を買っておけば高くなって売って利益を得られる。こういった思考。
震災被害者には不愉快な話だろう。私にとってもあまり他人事ではないから分かる。
まぁとにかく、実際には保険会社は海外の資産の処分はほとんどしなかったらしい。
アテが外れた(現実とは正反対の方向に賭けた)から日本円買った者は全員大赤字……、というわけでもない。
上記の思考をする者が多すぎて(別の材料もあったのだろうが)実際に日本円の値段が一時的にだがかなり上がった。利益確定で円売りをした者も多いだろう。
これはつまり「考えが当たってようが間違っていようが動く奴が多ければそうなる」ということである。
◆現代のほうが危険
・豊川信金事件の当時は1973年である。パソコンやスマホは普通持ってない。ガラケーも出てない。ポケベルが1968年に日本で広まったそうだが、アレで何が出来るというのだ。
要するに今みたいにネットでツイッターやらニュースサイトやらを調べたりなんて出来なかった時代。情報の「確認」は、それこそみんなが言っているかどうかに依存していたことだろう。
また、「最新ニュースが得られる機会」として噂話と言う概念自体に信憑性を感じていたと思われる。
現代では個人の発信力が上がった結果、炎上だとか勘違いの果ての暴走だとかの騒ぎが起こるようになった。
・この記事で取り上げているスマイリーキクチの誹謗中傷事件では、全く非のない被害者が脅迫され、実際に襲撃される可能性まで感じていたそうだ。
警察沙汰になり加害者達(検挙された者は19人いた)は逮捕されたが、その全てが口をそろえて「ネットに騙された」「本に騙された」と供述している。
ああ、もちろん起訴できる者(7人)は書類送検になったよ。馬鹿だから無実だ、なんて有り得ないだろう。
・問題は「情報の受け取り手」としての私達は、膨大な情報、その中にある「信憑性のある嘘・間違い」に気づく程度に、或いは嘘を信じこんだとしても自分が迂闊なことをしないように自制できるほどに賢くなったのだろうかということだ。
前述のとおり個人の発信力は上がっている。小学生でもブログは作れるし、ツイッターもやれる。
その結果、個人の意見や考察を確定した事実だと勘違いして鵜呑みにした挙句の暴走だとか、そういう話は多い。
要するに、「40年前よりもこういった事件が起こる可能性は上がっているのではないか」ということ。
もはや「火のないところに煙は立たない」なんて言葉は通用しない。「煙があるから火が上がる」可能性が現実に在ると知らなければならない。
◆身近に溢れている「予言」
・最も身近な予言の自己成就は、「メディアが流行を作る」と言う話だろう。
- 「今年の流行はこれ!」なんてノリで流行ってもいないものを宣伝して回る。
- 真に受けた人間がそれらを買う。
- 実際多く見かけるようになる。
ファッションにおける「今年の流行色」はインターカラー委員会なる組織が「事前に」決定するそうだ。流行ってなんだっけ?
・こういった「予言」に対して嫌悪感を感じている人間は、本当のところ多いのではないだろうか。
だが、前述のとおり「馬鹿に合わせるのが正解」な程に現実になってしまうと、異を唱えることは異端とされてしまう。
あなたの髪型、服装、アクセサリー。それらは本当にあなたが好きな物だろうか?
尤も、適応したほうが安全なんだろうけれど。嫌な世の中だ。
・言葉通りに「噂が事実になる」ことがあるということだ。他ならぬ私達の手で。
・社会学者であるW.I.トマス(William Isaac Thomas)はこう言った。
「もし人が状況を真実であると決めれば、
その状況は結果において真実である」
自然発生した事態で信金や日銀が手を焼くレベルのことが起こったのだ。良い方向にもこれを使えるといいね。独善じゃいかんが。
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