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自分の気持ちがわからない原因や要素

自分の気持ちがわからない原因や要素




自分がないだとか、自分の気持ちが分からないだとかの話。

まず、心(脳、本能)は勝手に動き、時には先走るものであり、動いてないということは殆どないと見ていい。

人間普段は頭の中でよく喋ってるので勘違いしてしまいがちだが、まず感情や思いなどは「言葉ではない」ことを思い出そう。

後から脳で言葉に翻訳している。大抵の場合、この翻訳関係の問題で自分の気持ちがわからない。









「気持ちにフタをし続けた」

「感じないようにするクセがついた」ということ。特に高圧的な人間が近くにいる環境に長年いたなどである。

自分がしたいこと、やりたいことより先に「他人が気に入る正解」が思い浮かび実行する思考のクセ。

理性優位の状態

感情は感覚に近い。思考はそれを察知することの邪魔をする。例えば何かに気を取られていると、別のことには気づけないだろう。思考に集中してる状態、と言っていいかもしれない。当然「それ以外」への察知は疎かになる。つまりここでは感情に。

その状況なり対象なりに「頭で」対処しようとしてるんじゃないか、ということ。もちろんそれが悪いとは言わない。それどころか長い目で見れば、大抵の場合はそっちが正解だろう。

怒って正解な場面というか、キレてぶん殴るまで調子に乗り続ける奴とかもまぁ、実際いるが。犯罪者予備軍どころか通報されてないだけで犯罪者そのものな奴とか。それも理性的に訴訟なり通報なりという手もあるわけで。





「感情」というものを勘違いしている可能性

これ多いと思うんだ。

つまらんことで顔真っ赤にして怒鳴り散らしたり八つ当たりするやつとか、どうでもいいことで感動したって号泣したり「キャースゴーイ!!」とか金切り声上げる奴とか。
あれ確実にやりたくてやってるだろ。自然とそうなったっていうエネルギーの注ぎ方じゃないよ。自分でアクセル踏んでるよ。ああいうの許されるのはアニメまでだろう。真似なの?

そんな自分に酔ってるうるさい連中に始終囲まれて、
自分はそうじゃない→
そこまでの強い感情がわかない→
自分にも感情はあるはずなのに→
私は自分の気持ちがわからない、とかなってないだろうか。

うんまぁ、おかしいのそいつらだから。普通そこまでうるさくないから。怒るにしても感動するにしても。

何の義務感なのか知らんが、騒がなきゃいけない強迫観念あるやつっているんだよ。

それと、感情表現の仕方は人それぞれであり、同じことやってなきゃ同じこと感じてないだろうなんて暴論の奴も実際いるが、こいつらは間違ってる。

これらの場合全く気にする必要ないね。間違っても「ああなろう」なんて思わないでくれ。まぁ、上っ面合わせる必要くらいはあるのかもしれないが、確実に相性悪いだろう。自然体が違いすぎる。

もう一つ、「感情は思考ではない」。大丈夫だとは思うけれど一応。感情は思考というよりは身体的な反応と呼ぶほうが近い。アドレナリン、ノルアドレナリンとか、有名所の脳内物質が感情を感じている時には出ている。

で、これらは意識が把握するよりも先に行われている。感情を感じるのは「後から」だ。というよりも、多分そういった脳内物質に依る体の変化を私たちは「感情」として捉えている。

つまり感情を感じるということは、
自分の体の状態変化を察知する→
感情として認識する(その内容、その理由、それに対応する行動とその目的を含んだ「二次感情」として)という流れになっていると思われる。

後半は思考に属する。ここは意識的に行われるものだ。瞬間的に行われ、自分で考えた自覚もないかもしれないが。だからここをやらないで感情が湧くのを待って身体が動いたり口が動くのを待つというのは無駄に終わるだろう。

このあたりはアンガーマネジメントの6秒ルールとか10カウントなどが根拠になる。脳内物質が出尽くすのがそのくらいの時間だから反射的に怒ったりしないでそれまで待てってテクニック。





感情の感じ方

まぁ何か感じるてることを認識することだけなら簡単だ。脈拍でも呼吸のペースでも気にしてみればいい。普通と違ったらもうなんか脳汁でてて感情自体は湧いてるわけだ。

じゃあその感情がなんなのか。恐らくこちらが問題なのだろうが、二次感情(後述する)が湧かない/分からないってのは多分状況に対応する答えを持っていない、つまり「どうしたら良いかわからない」状態なのかもしれない。

例えば、DVの親がなんか仕掛けてきたとして、怒るべきなのか、笑って適当にあしらうべきなのか、無視するべきなのか、逃げるべきなのか多分迷うと思うんだ。

特にこういった、気分で攻撃的になる連中の被害者がそうだが、「正解」がいつまでたっても身につかない。相手の気分で変わるから。

反抗するのが気に入らない、笑ってるのが気に入らない、無視していたらエスカレートして、逃げたら後で報復されるかもしれない。こんな状態で、「正解」というものが元からなかったり、変化したり。

この場合、感情気にしてる場合じゃなくて、その場その場で「思考」をしなければならない。感情よりも優先して。そうなると自分の感情どころではなくなるし、脅威への対抗策についての思考の上では邪魔ですらある。

まぁ、極端な例だけど。こんな感じで迷惑な「気分屋」の毒電波に曝された場合、思考優位になりやすいだろう。

逆にこういう経験がなくても、例えば「人に嫌われてはいけない」と強く思い込んでいる場合、自分の感情よりも「周りにウケるためにはどうするか」を考えるだろう。

感情を感じるような出来事を前にした時、ちょっと緊張しているのかもしれないね。その時「自分はどうするべきか」とか考えて緊張してはいないだろうか。

感情が湧いてくる=判るのは、リラックスしているときのほうが向いているから、状況的に可能なら力んでいる心を緩めてみてはどうだろうか。

例えば面接の時に喜怒哀楽が激しい奴なんて想像できないだろう。それが例え圧迫面接でもさ。我慢して作り笑い浮かべて相手のデリカシーのない質問に答えるだろう。つまり「緊張」は感情を認識することより優先度が強い。





それが正しいとも限らない

ただ、感情が正しいとは限らないことも警告しておく。「自分自身の価値観から見ても正しいとは限らない」可能性。結構勘違いした挙句先走る。そういう人、いるだろう。あれはその「勘違い」に気づけないまま言動として実行してしまった人の姿だ。

一次感情、二次感情とかシステム1,2とか言われるものなんだが、感情は大別して二種類ある。「感じた感情」と、「目的を持った感情」だ。

例えば悲しいだとか、辛いだとか、そういったものは感じた感情になる。怒りだとか泣きわめくだとかは「相手」が居ること前提の「目的を持った感情」だ。威嚇、対決、助けを呼ぶなど。

「感じること」ができたとしても、二次感情、つまりアイツとはもう口きかんだとか上手く行ったからテンション上がるだとか、そういった物が多い。根本の「自分はどう感じたのか」という意味での感情は、実は多くの場合察知できていない。元から。

知りたければ二次感情からさかのぼって一時感情を探り当てるしかない。最初からメタ認知ができてる状態なら話は別だが、まぁ普通それはめったにないだろう。

つまり「本当の自分の気持ち」は元から考えなきゃわからないものである。

だから特に先程述べたような緊張状態や「自分はどうするべきか」という思考も、無理に手放すべきではない。実際そういうのがないと対応できないキチガイと人生で遭遇したのも事実だろう。極端な例だが。

もしかしたら考えすぎたり相手の顔色を窺ったり、そんな自分にうんざりしているのかもしれないが、こういう人は正反対に全力で走ろうとする傾向がある。

しかし、そっち方面の慎重さが全くない人間が日頃何やらかしてるのかもちょっと考えてみたほうが良いと思う。スキルとして考えれば、リセットよりもオンオフが出来るように意識するべきだろう。

「視点」

ちなみに「自分の感情がどれか?」を考える材料だが、交流分析においては本当の感情と呼べるものは4種類とされている。怒り、悲しみ、喜び、怯えだ。

が、まぁ、混ざってることも当然ある。スッキリと割り切れるとは限らないことは心においておいたほうがいいだろう。

「視点」によっても違ってくる。
なんか酷いことされたとして、その過去を思い出し悲しみを感じる、次にあったらどうしようかと考えれば怒りか怯えを感じる、と。

逆を言えば視点、というか「自分がどうしたいか」「どこに注目しているのか」というのも感情が湧くには必要なのだといえる。

だってほら、クソつまらん映画とかで登場人物死んでそれっぽい盛り上げようとするBGM流れたとしても、どうでもいいだろう。状況に対しての何らかの視点や「感情移入」がないと、感情は湧かないのかもしれない。

ざまぁとか思うのはそのつまらん映画に対して怒りを感じているからだとも言える。

感情が湧かないのなら、自分がどんな視点でそれを見ているのか探ってみても面白いかもしれない。
ただ無感情なんじゃなくて、もっと広い視野で見ているのかもしれないし、心底興味がないだけかもしれない。





偽物の感情 「ラケット感情」 racket feelings

自分の感情が「感じられない」じゃなくて「わからない」「おかしい」と言う時にはこれかもしれない。

テニスのラケットとかとスペルは同じなのだが、racketには「ごまかし」という意味もある。この場合はそれ。

「偽の感情」。ムカついてるのに顔は笑ってるだとかそんなん。

ストレートな感情表現が周りの人間に通用しない際、目的を達成するために表面上の振る舞いを「調整する」。あるいはその感情が周りの人間に「許されない」際、自分の感情をごまかすために。

一般のイメージで該当するのは、
「泣くな!男だろ!」と言われ続けて怖くても悲しくても寂しくてもとりあえず不機嫌になったり怒る男になっただとか、
泣けば周りが気にしてくれるからとどんな感情でも(怒りでも恐れでも悲しみでも喜びでも)とりあえず泣く女になっただとか。

まぁ、もはやアンティークかも知れないが。

前述の怒ってるのに笑ってるというのは、怒っていることを「知られてはいけない」環境下にいたことで身につくだろう。

この「環境」というのが厄介で、社会的なイメージも含まれる。
先程のもそうだ。男は強くあれ、女がないてりゃ気を使ってやれみたいな「そうであるべき」みたいなイメージのせいで、それに「適応」したり、「活用」する者も出て来る。まぁここまで分かりやすいのもそうはいないと思うが、いる所にはいる。

これによって得られる結果とは、本来の感情の表現で得ようとした結果の「代用品」となる。が、所詮偽物なので問題解決も目標達成もしてない。すぐにまた「動機」が発生し、やりたくなってくる。

大抵はこれらが幼少期の際に「通用した」から、大人になってもクセとして出る、とされている。

ラケット感情を「学習」するのは、何らかの成功体験があったからだ。なんとかなったとか、うまい具合に周りを騙せたとか、泣いてたら誰かがなんとかしてくれたとか、我慢してたら嵐は過ぎ去ったとか。子供って結構クレバーだしね。

「相手」がいる問題で、あるいは「他人」を意識して、自分が変なことを繰り返していると気づいたら、可能性は高いだろう。

ものすごく迷惑なことに、当人にとっては本当の感情よりもこっちが自然体になる。「成功したことはある」からだ。体は成功例であるそれをやりたがる。つまり本物の感情の方に対して違和感を感じることは在り得る。気づいたとしても、納得できずに。

自分は笑っている時に、本当は怒っているのかもしれない。喜んでいる時に、悲しんでいるのかもしれない。そういう可能性があるということ。

本物の感情に対応していないので、根本的な問題(感情の発生源)解決が永遠に終わらないのが問題だとされている。つまり途中で気づいて止めないと「永続する」。

まぁ簡単に言えば、一つの感情、あるいは表情、もしかしたら言動を「使いすぎ」ているのなら、自分が特定の状況下でかなりワンパターンなことばっかりやっているのなら、これかもね。
この場合も自分の本当の感情・狙いを知ることが命題となるだろう。

また、個人的に思っただけだが、「無色」のラケット感情もあるのではないか? 

前述のDV親みたいな理不尽なのがいる環境では特に。どんな感情でも何をやっても全部ハズレになるんだし。「何も感じないで相手に対応する」というラケット感情が。





「アレキシサイミア」

自分の気持ちがわからないのが慢性的な場合は、流石に気にした方がいい。

一応、こういった自分の気持ちがわからないという病気もあるにはある。「アレキシサイミア」と呼ばれるものだ。

感情はあるのだが、それを知覚できない。想像力、空想力に欠ける、と言った特徴がある。「感情の無痛症」と言えばわかるだろうか。

感じないだけで心は傷ついたりはするので、気づかないうちに心身症を患うこともある。
どちらにしたって「からっぽ」というわけじゃないのは確かだ。ただわからないだけで。

アレキシサイミアの症状の一つで気になるものがある。
深層演技と呼ばれるものだ。ラケット感情にも通じるものがある。

◇深層演技:
自分が相手に対して思う感情を根本から演技をして違う感情を抱くようにすること。

例:不愉快なことをされても「相手が精神的に幼稚だから」と想定することにより、怒りを表出しないどころか、怒りの感情をすら抱かないようにするのである。

深層演技をしすぎて、自身の感情を押し殺し、制圧し、その行動がストレスを生むこともある。

◇感情管理:
上記のようなことを管理、制御しながら行うこと。感情管理を必要とする仕事を「感情労働」という。

キャビンアテンダントや、服のショップ店員などのサービス業ではよく感情労働を必要とする。

自身の感情を根本的に制御し続けることで、自分の思考や認知、そして感情に対して何らかの影響を与えるのはたやすく考えられるだろう。

「何らかの影響」って書いてあるがまぁ、当然悪影響だ。

要するに、「締め付けすぎて自由を忘れた」。

これらはストレスに対する一種の「対策」だ。

感情そのものを抑えるよりも、感情を「なかったことにする」という方向の。

理由はいろいろだろうが、一部の人は「感情を表に出してはならない」と強く自分に課している。
多分正反対のあっぱらぱーに色々煮え湯を飲まされた結果だと思う。
何れにせよ後天的にこうなった場合、対人恐怖症の傾向があることを差している。
つまり「感情を他人に見せたくない」。これを完璧に行おうとするから根本的に感情を書き換えようとする。
実際に気に食わないものはないかと「パトロール」するチンピラは結構いるもんだからしょうがない。
それが長いこと続いて無意識レベルに感情管理ができるようになると、アレキシサイミアと同じ状態にはなるだろう。

ただ、「認知」した瞬間に既に感情は生じる。
後から理由を書き換えた所で恐らく感情は消えない。
じゃなきゃアレキシサイミアはストレスフリーな人生を送ってなきゃおかしいだろう?

感情は心とか魂とか、そんなスピリチュアルなものじゃなくて、認識した状況、相手に対しての「対応する準備」あるいは「対応そのもの」だ。
それをなかったことにしてると、もう我慢するしか道がなくなってしまう。で、我慢がうまくなりすぎると、まぁこうなる。

感情は本能そのものなので人間社会でそのまま行動に移すのはたしかに問題はあるのだが。発散、転換、解消は自前で何かしら用意してないと辛いかもしれない。

まとめ

まぁ、座禅組むのが日課ってのでもない限りは感情がない、なんてことはないだろう。気づけないか、判別できないか、別の何かにすり替えてるか。

アレキシサイミアは極端な例・・・とも言えない。こういう人もいる。また、ラケット感情のような「クセ」は、恐らく誰にでも何かしらある。

感情に任せてはっちゃけるのがいいことだとも思わんが、自分の気持ちをわかった上で、それを宥めるか、上手いこと表現するかしたいものだ。





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