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メタ認知とは 自分の監視/制御について

メタ認知とは 自分の監視/制御について



最終更新日:2017/04/20
メタ認知(メタにんち)とは認知を認知すること。

人間が自分自身を認識する場合において、自分の思考や行動そのものを対象として客観的に把握し認識すること。

Wikipedia


メタ認知能力とは、ざっくり言えば自分の思考や認知を今こんなことを考えた、今こう思った、と眺めて気づくことが出来る能力。それを観察している「視点」の体得。

通常、自分の言動は自分が思ったり考えたりしてやっている(と、思っている)ので疑わない。
「当たり前」として注視せず、スルーしている。

このせいで認知バイアスなどによる奇妙な自分の言動、思考にも気づけない。
そして気づかないから治らない。一生そのままだ。

メタ認知能力が高いということは自分の言動が適切かどうかがわかるし、よろしくなければ改める機会を得ることが出来る。
逆にこの能力がないのなら、「何故自分ばかりこんな失敗をするのか」と思いながらも何を改めればいいかも分からず、ずっとそのままかもしれない。

ケアレスミスが頻繁であったり、「空気を読んでいない」と言われたりする人はメタ認知能力が弱い可能性がある。
認知バイアスへの対抗策としてメタ認知が取り上げられることもある。

§目次

■メタ認知とは
◆誰でも持っているメタ認知:身近な例
◆メタ認知が出来てない状態の一例:アクションスリップ(行動スリップ)
■脳のホムンクルス、あるいはカルテジアン劇場
■メタ認知能力が高いことによるメリット
■メタ認知能力が低いとどうなるか
■セルフモニタリング
■セルフコントロール
◆メタ認知の鍛え方・トレーニング法
■「あるといい」じゃなくて「ないとやばい」






■メタ認知とは

「メタ」はこの場合「高次の」と言う意味で扱われる。
自分に「感情移入せず」、客観的に自分の考え、感情、判断を認識/評価する能力。

「認知に対する認知力」と言われることが多いが、「自分に対する観察力」としたほうがイメージしやすいかもしれない。

逆に自分の思考や判断に感情移入しまくるのは「認知フュージョン」とも呼ばれる状態であり、簡単に言えば現実と頭の中の想像との区別がついていない状態だ。言葉通り意識が認知と「融合」している状態。

認知フュージョンはごくありふれた状態であり、例えば過去の嫌なことを思い出して一日中ずっとイライラしているだとか、将来のことが不安で目の前にある楽しいことが楽しめないだとか、よくある話だろう。

つまり通常、人間はあまりメタ認知能力は鍛えていないし、成人後に自然に成長することもない。
だから自分が原因のトラブルがそうだとわからないことがあるし、自業自得の目にあっても本気で自分は理不尽な目に合わされていると思っている者もいる。

これらの問題をクリアし得るメタ認知だが、具体的には、

自分が何が出来るか、自分が何を知っているか、自分が何を理解しているのかなどを予め知っており
自分が何を認知(認識、理解、判断、行為、感情など)したのかをその場で把握することができること

と、語られている。

簡単に言えば「自分を知ること」と、「自分を監視すること」の2つに分けられる。

今回は割愛するが、マインドフルネス/瞑想/禅などもメタ認知能力を鍛えることが出来るとされている。
まぁやることが自分を見つめることそのものだから、当然といえば当然だろう。


また、学習能力についても影響を与える。メタ認知がないと、意味のない努力や間違った苦労をし続ける事にもなりかねない。
集中力、持続力、勉強のプランなどが「まとも」かどうかの判断にも必要になる。

例えば出来もしない「完璧な計画」を立ててそれだけで満足するなどは、計画段階で自分にそれが出来るかどうかという認識が欠けていると言える。

途中で投げ出す場合には、モチベーション管理、時間管理などの「自己管理」が出来ていないと言われるものだが、自分を見ていないなら管理なんて出来るわけがないだろう。

あるいは「根性」の一点張りで頑張って、そのうちぶっ倒れるかも知れない。
これは自分の疲労などを認知していない状態だ。
小休止するだけで回避できることを、気づかないからやれない。
挙句に的はずれな努力だったら目も当てられないだろう。

簡単に言えば、メタ認知できていない = 何らかのバイアスがかかっている状態





◆誰でも持っているメタ認知:身近な例

メタ認知はちょっと難しく感じられるかもしれないが、身近な例で実感できる現象がある。

例えばテレビで微妙な知名度の有名人を見た時に、「知ってるはずなのに名前が出てこない」という状態がある。

これは言い方を変えると自分の脳内が「名前を知っているけど今は思い出せない」状況だと理解している状態と言える。

こういった「自分は対象の名前を知っている事を知っている」、これがメタ認知の視点。

逆に顔は見かけるが名前は元々知らない場合も、「見かける顔だが名前は知らない」とわかる。

この区別が出来るのは、既にメタ認知能力がその人にある証拠だ。


◆メタ認知が出来てない状態の一例:アクションスリップ(行動スリップ)

メタ認知が出来ていない状態で発生するヒューマンエラー。

簡単に言うと、食事中にマヨネーズ取りに台所に行ったのにソース持ってきたりコップに水汲んで戻ってきて、そのあたりでマヨネーズ取りに行ったんだった、と気付くなどがある。

後は家の固定電話に出た際に自分の職場名を名乗ってしまうとか、その逆バージョンとか。

学校の先生を「お母さん」と言っちゃうとか。

これらは身近な「よくある話」だが、ソースとマヨネーズ、教師と母親は普通はどう考えても間違えないだろう。
メタ認知していない状態では、こういった「ありえないこと」を実際にやるまで、もしかしたらやった後でも気づけない。

「慣れきった行動」「身についた行動」はメタ認知能力を必要とせずに実行可能であり、だからこそこういった「ありえない間違い」が発生する。

逆を言えば慣れてることですらメタ認知能力がなければまともに機能しない。
というか自動発動、暴走する。

アクションスリップの種類としては、
さっきやったのにもう一回やってしまう「反復エラー」
先程のマヨネーズとソースの話のような途中で目的が入れ替わる「切り替え」
一連の手順の内一つが欠けている「脱落」
一連の手順の内順序が入れ替わる「転換」
似たような別の手順と間違える「混同」
等がある。

やらかした後に気付く、あるいはやりそうになる前に気付ければメタ認知能力はまだあると言えるが、やりきって気づきもしなければないとしか言えないだろう。

人間の思考・行動はほとんど自動的に行われている。
その過程や結論にエラーがあった際に気付けるように注意を向けておくのがメタ認知だといえる。

■脳のホムンクルス、あるいはカルテジアン劇場

メタ認知能力を扱うためには、自分の「意識」が普段どう働いているかを把握する必要がある。
簡単に言えば「あなた/私」はどこにいるのか? という話。

イメージしやすい例を2つ紹介。

脳のホムンクルス

ホムンクルスとは、まぁここでは「小人」という認識で良い。

『頭のなかに1人の小人(それがあなた)がいて、身体(センサー)が感じているものを監視している』という概念。

次の動画は、「世界最高のスリ師」と呼ばれたこともある(らしい)、アポロ・ロビンスがTEDで説明したもの。





彼が言うところの「フランク」が、タスクを1つずつしか行えないことは動画を見れば「体験」しただろう。

動画の最期の質問に答えられたかどうかがすべてを物語っている。
もしかしたら、初見では質問の意味すらわからないかもしれない。

それにしてもトークのセンスがすごいな。

カルテジアン劇場

カルテジアン劇場(あるいはデカルトの劇場)とは、「フランク」同様「頭の中の小人が見聞きしたものを認識している」という概念、というか思考実験。

提唱者は哲学者のダニエル・デネット。

「劇場」の名の通り、知覚した情報を頭の中のスクリーンに投影されたものを、脳のホムンクルスが見ている、という例え話。

図を見たほうが早いだろう。



画像はWikipediaより。

この図では「見たもの」を「見ている」。
そして例えるなら「感じている自分」あるいは「見ているホムンクルスそのもの」を「見る」のがメタ認知だ。

補足

実はこのカルテジアン劇場は、ダニエル・デネットが「脳科学的に意識の中心があると思うな」、という批判の意味で作った概念。
現状では「脳のホムンクルス」的な「中心」が神経科学的にあるんじゃないの、と思われているのだとか。

それらの意見を「カルテジアン劇場」として形と名を与え、その上でダニエル・デネットはそれに取って代わる「意識のパンデモニアム(百鬼夜行)モデル」を提唱している。

パンデモニアム(パンデモニウム)は「万魔殿」と訳される。多数の悪魔が住む都市のこと。

パンデモニアムモデルの場合、意識の「中心」はなく、各種の「デーモン(悪魔)」達がそれぞれの意思決定を担っている。

イメージの符号化、特徴のピックアップ、それに対してのテンプレ反応、そして「一番強い反応を決定する」決定デーモン。

要するに、カルテジアン劇場の場合「絶対君主」がいるが、パンデモニウムモデルの場合にもそれに近いボスデーモンがいる。…なんかゲームの話みたいだな。

両者の違いは「絶対的な決定権を持っている者」がいるかいないかだ。
デーモンの方は民主主義に近い。これは各種デーモンの「発言権」や「数」に押される可能性があることを意味する。

パンデモニウムモデルの決定デーモンは、現代社会で例えるなら「10%くらいしか自社株持ってない株式会社」に近い。
株はそのまま会社を小分けして売っているようなもので、何%持っているかはそのまま発言権・決定権になる。

リアルの株式会社は買収されるのを防ぐため、50%は株を保有するものなのだが、それが出来ていない。
他の「株主」達は数%しか保有していないが、「自分以外」が90%いる時点でまともな発言権、決定権を安定して所持しているとは言えないだろう。

これは私達が自分自身に失望や落胆、嫌悪などを感じる原因である「自分に負ける」「自分の感情・思考に振り回される」、まとめれば「自分をコントロールできていない感覚」の説明になる。

「自分で決めたことなのにやりたくない」のもそうだ。90%の内の大多数が反対するのなら。

要するにカルテジアン劇場は提唱者のダニエル・デネット的には批判するために作った物だが、その代替のパンデモニウムモデルでも今回の「意識の場所」は意味は通るよ、むしろしっかり説明がつくよという話。





■メタ認知能力が高いことによるメリット

人間の言動の大半は自動操縦で行われている。これにすら気づけない人間も多いが。
初めてやったことがかなり疲れるのはそれが全部「手動」でやっているからだ。

よく覚え、注意して、慎重に、全力でやる。デーモン達が一致団結しているわけだ。
慣れてくると良い意味で手の抜き方を覚える。無駄がなくなると言ってもいい。そして形になった一連の作業のパターンは脳に登録され、以降はオートで実行される。

この自動操縦は本質的にはセミオート、つまり半自動的と言ったほうが正確であり、要するによくミスをするので監視が元から必要なものだ。
何か悩み事、心配事があって「上の空」の状態でも手足は動くが、「ミスが有るのはこういう時」というのは人類共通の見解ではないだろうか。

メタ認知能力が高ければこういったことは防げる。気が散っている自覚ができるから意識を仕切り直し、改めて目の前のタスクに集中することが出来る。つまりはケアレスミスを格段に減らすことが出来る。

また、思い込みや勘違いなどにも気づけるので学習能力が向上する。
実際に事に当たる際にも、変な希望的観測などを持ち込まずに、暴走したり失敗したりする余地を減らすことが出来る。

ある意味では「集中力が身につく」と言っても過言ではないかもしれない。






■メタ認知能力が低いとどうなるか

面白いことに、メタ認知能力が低いと見える人間ほど「自分は集中力があり、しっかり者で、ミスなんてしない」と言い張りながらケアレスミスをやる。

どうも本気でそう思っているようで、こういったケアレスミスも「これはミスじゃない」「分かっている上でこれでいいと判断した」といったり、「自分がやったんじゃない」「覚えがない」と言い張ったりする。

自分がやっている最中にこれはミスだと「気づけない」。
問題が起きた時にも当時のことを「思い出せない」。
この状態の上で「自分がミスをするなんて訳はない」と思っているからこの状況を説明するためのつじつま合わせ(他人から見たら痛々しい言い訳)をする。

自分じゃない誰かのせい、あるいはミスそのものをなかったことにしようとするから「改めない」。

あなたの職場の厄介さんももしかしたら、性格の問題と言うよりかは認知の問題なのかもしれない。
まぁどの道本人が問題意識を持って注意なりトレーニングなりするしかないんだが。






■セルフモニタリング

メタ認知能力の基本である自分を監視/観察することは、「セルフモニタリング」とも呼ばれ、認知療法や認知行動療法にも使われているようだ。

こういった治療の場合、客観的な状況と、それに対する自分の感情や言動、そのときどう思っていたのかなどを専用のシートに記録する。

状況と自分のリアクションの観察(つまりは認識しようと意識すること)をすることは「能力」であり、使えば使うほど鍛えることが出来る。自分が何をやっているか、あるいはやろうとしているか、何でそんな反応が真っ先に思い浮かぶのか。それらを知ることができれば、それは自制に繋がるだろう。

この観察を行っていると、自分の中に認知の歪みがあることに気づくかもしれない。

認知の歪みとは、歪んだ思考パターンのことであり、事実をそのままで認識できないこと。

思い込みや「こうでなければならない」という先入観により認知は歪められている。

これらは自動思考(頭の中のうるさいおしゃべり)やトラウマが発生する原因になったり、異常なリアクションを返したりする原因になる。
要するに、周り(状況)に対して不適切な対応を、適切だと思い込んで行う。認知そのものが歪んでいるとそうなるのだが、認知を疑うということをしない(つまりメタ認知という概念がない)場合、気づく機会もなく、改めようもない。

その状態で的はずれな「復讐」をしたり、相手が自分がここまで怒るような悪いことをやったのだと責めたりすることも有る。
自覚がないとブレーキがかからない。ハンドルすら握らずにアクセルべったり踏んでるようなものだ。






■セルフコントロール

セルフコントロールとは自制心のこと。克己とも言うが、一般的ではないか。読めるかな?

社会人ならできて当たり前なんて言う人もいそうだね。

もうわかっていると思うが、「何をやらかしているのか分かっていない」のならコントロール以前の問題だ。
「自分には何も問題はない」と本気で思い込みながら、ダメっぷりを露呈することになるだろう。

私が大抵の記事で「自分は大丈夫だと思っているヤツのほうが大丈夫じゃない」だとか、「自分はまともだと思っているやつは大抵まともじゃない」と言っているのはこういうことだ。


酔っぱらいは「酔ってない」と言うものだし、短気なやつは大抵怒っていても「怒ってない」と言うものだ。

人間は必ず「やらかす」か、「やらかしそうになる」。
それを認識できるのなら「問題ない」だなんて口が裂けても言えない。
大見得切ったとしても「制御はできている」くらいが関の山だろう。
「自分は完璧だ」なんて言い張る人間は絶対に異常だ。

メタ認知能力があれば、自分が何をしようとしているのか、やる前に知ることが出来る(前述したが人間は基本は半自動的に動く)。それを実行するかどうか、採用/不採用はあなたがあなたの責任で決めればいい。

要するに、メタ認知が出来れば自分の行動に責任を持てる。メタ認知ができないのなら、自分の行動に責任が持てない。






◆メタ認知の鍛え方・トレーニング法

一応メタ認知トレーニング(MCT)としての方法論・概要はある。

  1. 認知バイアスに対する知識を得る
  2. 実際の自分の中で発生する認知バイアスに気付く
  3. 自分の認知バイアスを観察する
  4. 認知バイアスの修正・コントロール

これは統合失調症に多く見られる自己奉仕バイアス、情報収集バイアス(確証バイアス)などの思い込みや勘違いを克服する方法として考案されたもの。
だが認知バイアスが誰にでも日常的に発生する以上、メタ認知能力を鍛えることは誰でも必須だとも言える。
それがないのなら反射と反応をするだけの「弱いAI」に近い人間になってしまう。

実践するにあたって最も厄介なのは、自分の認識したことがバイアスなのか妥当なのかの区別がつかない点だ。
特に目の前にあっても注意が向かないタイプのバイアスは気づき様がない。

・徹底的にやるなら自分の「当たり前」の全てを一度疑ってみることだが、暇な時だけにしないとノイローゼになるだろう。

・現実的にはまず世の中にどんな種類の認知バイアス(思い込み・勘違い・決めつけ)があるのかを調べてみよう。
知った時点で「自分がやらかしそうだな」と思うバイアスがあると思う。

自己奉仕バイアス、確証バイアス、悲観主義、楽観主義、サンクコストの見誤りのどれかは当てはまるだろう。

次にそのバイアスが「いつ働くか」を知る。
そのためには自分の頭の中を見張り続ける必要がある。

タイミングを掴んだのなら、次にバイアス発生時に「より正しい」選択を選ぶよう心がける。
我慢するのか、別の方法を取るのか、やり方を変えるか。

要するにトレーニング用サンドバッグとして「自分が最もやりそうな認知バイアス」をピックアップし、それを「攻略する」ということ。
その過程で嫌でも自分のモニター能力も制御能力も身につく。





■「あるといい」じゃなくて「ないとやばい」

メタ認知能力もおそらく今後細分化され、色々な要素が挙がってくるとは思うが、特に重要なのはセルフモニタリングだ。気づかなきゃ気をつけようもない。

自分に対する観察と気付き。まるで瞑想とかで出てきそうなテーマだが、実際にも瞑想/マインドフルネスにはメタ認知能力を鍛える効果があるとされている。

メタ認知はどちらかと言えば「有ると有利」というよりは、「無いとヤバイ」能力である。

自分が何をやってるのか分かってない上にまともなつもりなんだから危険人物以外の何者でもないだろう。
メタ認知能力が綺麗さっぱり全くゼロ、なんて人間も多分いないが。

メタ認知ができなければ、あなたはあなたの価値観や美的感覚から見て「アウト」なことをやっていても、それに気づけない。

もしもこの場合、自分のそういったことに自力で気づくことができたなら。他人に指摘されて恥をかいたり逆ギレしたりする手間もなく、最もスムーズにそれを改めようと考えることだろう。

知れば変わる、気づけば変われるということは多い。逆もまた然り。自分と向き合いたくないからって意図的に気づかないふりをする者もいるが、まぁそれはともかく。

ようするに、メタ認知が出来れば自分の言動のパターンの修正、訂正が出来る。自分が望む方向に。
つまりは「自己実現」には必須の能力だ。それだけでも意識する価値はあるのではないか。

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