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認知的不協和:後出しの「つじつま合わせ」

認知的不協和:後出しの「つじつま合わせ」



意外と認知的不協和という言葉は認知度が高いようだ。漫画とかで使われたせいかもしれない。
端的に言えば人間の「迷い/動揺」そのものであり、人は簡単にこの状態にとらわれる。

特に認知的不協和に対する「対処法」に問題が有ることが多く、短気やヒステリーなどの「感情が暴走/爆発して失敗する」ことを繰り返す場合にはかなり酷い。

■目次

■認知的不協和の概要
■認知的不協和の例
■どれかの認知を否定する
■なぜ急いで雑に結論付けるのか
■「いままで」を守りたい?
■まとめ


■認知的不協和の概要

これは2つの認知(あなたが現実だと認識したものや思考など)が共存できず、言葉通り不協和状態となっている状態。
そしてこの不協和状態を人はストレスと感じ、その「解決」に全力を尽くそうとする。

そして「解決法」が大体短絡的、近視眼的で「その場凌ぎのごまかし」であることが多く、新たなトラブルの種、または同じ状態にすぐに陥ることになる。

「認知」であることに注目したい。即ち被害妄想だろうがポジティブシンキングだろうが、捏造報道だろうがツイッターで拡散されたデマだろうが、あなたが「事実だ」と思い込んだならそれは認知だ。

認知的不協和自体はこういった「事実と思っていることの2つの情報が噛み合わない事によるストレス」だが、一般に認知的不協和と言われるのは、そして問題視されるのはそれに依る思考と行動の方だ。







■認知的不協和の例

よくある例えが「タバコをやめたい喫煙者」の話だ。

認知A:自分はタバコを吸う

認知B:タバコは体に悪い

前提として人間は死にたくはないわけで、この時点で認知に依るストレス、つまりは認知的不協和は発生する。

どうもこの「どっち付かず」の状態に人間は我慢がならないらしい。
何とかしてストレスの解消をしようとする。

だが、自分の認知がストレスの発生源である限り、カラオケやらスポーツやらの「憂さ晴らし」は効果が薄い。
この認知の矛盾そのものに対して決着をつけようとする。

例えばそれは禁煙をしようとする方向になる。まぁ健全な解決法だろう。
だがニコチン中毒という薬物的な要素があるわけで楽ではない。

禁煙ができなかった場合には新たに「禁煙ができない自分」という認知が発生する。

認知C:自分は禁煙ができない

発生はするが、自分が「自分で決めたことができない」なんてことは受け入れることはできないことが有る。

これも認知的不協和でありつまりCと食い違う認知が初めからもう一つあった。

認知D:自分は自分で決めたことくらい、自分がやるべきことくらい出来る

新しく認知が増えた上で、不協和は止まらない。

■どれかの認知を否定する

認知A、B、C、Dがある状態で、A(タバコを吸う)かB(タバコは体に悪い)のどちらかが「事実じゃなくなれば」、認めたくない認知C(自分は禁煙できない)もなかったことにできて、認知D(自分で決めたことくらい出来る)は守ることができる。

長い目で見て無難なのはAの解決、即ち禁煙だろう。だが、それはできなかった。

じゃあB(タバコは体に悪い)を否定しよう、となる。

タバコを吸っている90代の者も入るとか、もっと有害なものもあるだとか。
こうして「作った結論」を、ここでは認知E(今のままでいい理由)として扱おう。

こうして、「つじつま合わせ」は完成する。
この話の主人公は「禁煙しなくていい理由」を手に入れ、「今のままの自分でいい」という結論を手に入れた。

現実にはあらゆる情報には嘘、捏造、誤報の可能性はあるし、これは疑ったほうがいい。

調査、思考を行う「動機」として機能する認知的不協和は一概に悪いとは言えまい。

ただ、この例を見て分かるように「自分にとっての正しさ」すらほぼ蚊帳の外だ。
結果的に正しかろうが間違っていようが本人の頭の中の、さらに「ストレスから逃れたい」という理由だけでほとんど話は完結している。

そもそも何で禁煙しようと思ったのか。認知Bが問題なのはさらに隠れた認知F「健康でいたい」というのがあるからだ。

この話ではこの認知Fは犠牲になった。

認知的不協和は認知バイアスと言ってかまわないだろう。むしろ殆どの認知バイアスの発生源になり得る。
となると、認知的不協和により生み出された「結論」とそこに至る過程には、やはりメタ認知に拠る観察と検査は必要だろう。

ぶっちゃけて言えば出来上がった結論が「雑」なのが悪い。他は大して問題じゃない。







■なぜ急いで雑に結論付けるのか

雑な上にかなり急いで結論付ける。
「今すぐこのストレスから逃れたい」という衝動が、認知的不協和が発生している人間には有る。
こういった「焦り」が、かなり軽率なことをその者に行わせる。

ストレスから逃げる、避ける、克服するのは本能に近いから、これ自体はおかしくはないだろう。認知的不協和に向けられるエネルギーそのものは別に不自然ではない。

ただ、なぜ焦るのか? 
認知的不協和の反応はどうみても「緊急時の反応」だ。
それ程までに脅かされているものがあるのか?

考えられるのは自己同一性(アイデンティティ)が脅かされていることだ。要するに「これが自分だ」「自分はこうだ」という認知。


先程の例で言えば認知A(タバコを吸う)、認知D(自分で決めたことくらいはできる)が当てはまる。
これらはAはB(タバコは体に悪い)によって、DはC(禁煙できなかった)によって真正面から否定されている。

こういったとき、人間は「居ても立っても居られなくなる」。自分がその認識を抱えて生きてきた全てが「恥ずかしい勘違い」でしかないことになる。
たとえそれが事実だったとしても、何としてでも、即座に、立て直さなくてはならない。ほら、緊急事態だ。

内容にも拠るが、「図星を指されて顔真っ赤」になるのもこれだ。自分の中の矛盾したものに気づいた時、あるいは気づかないふりをしていたのに指摘された時、認知的不協和状態になる。

こうなった人間がどうするか。即座に相手を否定する。相手の発言を否定するか、相手の人格を否定し「こいつの発言には価値はない」ということにしようとする。


ベタなのは「じゃあお前はどうなんだ」みたいな返しだ。まぁ実際自分のことを棚に上げて相手のあら捜しすることに人生賭けている奴もいるんだが。
自分のことを棚に上げて説教垂れる奴に対しての嫌悪感や反発心は認知的不協和だけに収まらない話ではある。どちらかと言えばマウンティングの話になるだろう。

それだって指摘自体は事実だった場合、問題は発言者の人間性ではなくて言われた側の中にあるのに。それでも相手を否定して、それで「終わり」にしようとする。
つまり全て即座に解決する認知(相手にする価値はない)を作り上げる。

以上から、認知的不協和はアイデンティティの「危機」であり、「緊急事態」であり、「とりあえずなんとかなればいい」との考えを本人に発生させる事が多い。

逆を言えば「そのままでいたくない」。そしてどれかの認知を「なかったコトにする」。

■「いままで」を守りたい?

先程の認知F(健康でいたい)が存在すら気づかれずに犠牲になったのは、これは「未来」の話であり、尚且つ「願望」だからだ。

未来のことを具体的にイメージするのは人間は苦手だ。知能指数により差があるらしいが、ストレス下では皆似たような反応する辺りどんぐりの背比べだろう。
願望についてはもっと簡単だ。諦めればそれでもう考えなくて良くなる。

要するに、将来的に致命的な問題につながりかねなかったとしても、具体的なイメージがない限りは人間はないがしろにするし、その結果優先度がかなり低くなり、不協和状態からの「認知の生存競争」に負けやすい。

反対に「緊急事態」だと認識して急いで雑に結論付ける直接の動機となり得るのは、アイデンティティの部分だ。これは「今までの自分」と言い換えることが出来るだろう。

この「今までの自分」ってやつはかなり広範囲だ。自分の個性に関することに限らず、自分が本当だ/これが正解だと信じているものは全て当てはまる。

簡単に実験してみようか。

「日本の郵便ポストは全て“青い”

確信を持ってこう言っている人間が居たとしたらどうだろう。なんかムズムズしてこないか?
ついでに青いという文字を赤字にしてみた。なんかムカつくだろう。

これが「日本の郵便ポストは全て“これから青に塗り替える”」だったら「へぇ。」で終わる。郵便ポストの色なんぞ基本的にどうでもいいからだ。

どうでもいいのに違うこと言われるとムズムズする。これは広告や宣伝に既に使われている。

○○するだけで△△円稼げたとかいう胡散臭いのとか、○○するだけで△△キロ痩せた、なんていう胡散臭いのとか。

実際に金や体重に苦労している人間は、本来は最も「そんなわけがない」と思うはずだ。だが現実にはそういった人間ほどこういうのに飛びつく。

認知A(そんな訳はない)と認知B(目の前にそれで稼げる/痩せるという情報がある)により認知的不協和になり、居ても立っても居られなくなり「確認する」。

食いついてきたら洗脳すりゃいいわけだ。だからセールスは「興味を引くこと(認知的不協和を起こすこと)」と「具体的なイメージをさせること(“目前に”悩みの解決法があると思わせること)」を重視する。

はい釣れた。一丁上がり。まぁこれが悪いとは断言できないんだが(それは商品のクオリティによる)、手法だけが広まって相当ウザいことになっている。炎上商法とかも似たようなものだろう。

まぁ調べるまではいいが、「ノセられない」ようにね。ゴミしか作らない会社が儲かってでかいツラするのは、なんというか不愉快だから。

ゴミを高い金で買ったら買ったで認知A(どうみてもゴミ)と認知B(高い金で買った)から認知C(自分はまだこの商品の魅力/性能を分かっていないだけだ!)とか勝手に考え出すから、まぁ都合がいい客だね。酷い時には他人に勧めたりする。ゴミ生産会社がなくならないわけだ。

余談だが、冗談抜きでこういった客は多い。要するに、消費者側が賢くならない限りこういう会社はなくならない。現実にゴミを作って売って儲かるんなら止めるわけないだろう。

また、このアイデンティティ、自分の今迄を守りたいと言う心理は要するに、「自分の信じているもの、好きなものをバカにされたりすると腹が立つ」という現象の原因でもある。とても身近だろう。

■まとめ

簡単に言えば、「自分のやった/思っていた間違いを認めることは難しい」という話。自分に嘘をついた、ごまかしたという自覚がないことも多い。

認知的不協和自体は生きてりゃ必ず発生する。新しいものは生まれ続けるし、今までの知識、経験が正しかったとも限らないからだ。
本来、この段階で改めたり、勉強しなおせばそれだけで成長する。認知的不協和が発生するタイミングは成長する機会でもある(ただし、先程の広告の例のような“狙って認知的不協和にさせるもの”は除く。これもかなり数が多い)。だが、それがなかなかできない。

本質的な問題点は、認知的不協和の発生後、その者の「解決策」がかなり自分に都合がいい、その場凌ぎのものが多いという点だ。

これは、その者を間違った方向に突き進むようにさせる。
これは、「自分はこれでいいんだ」とその者に言い聞かせる。

この点についてはハッキリと厄介者だ。自分の知力を発揮する機会も、学習能力も殺している。
こうなる原因としては「今までの自分が間違っていなかったと思いたい」ことによる。

願いがこれなのに、考えることは「なかったことにしよう」「やらなくていいことにしよう」、やることは「間違いを続けること」なのはナンセンスだろう。

対策はメタ認知しか無いと思う。つまりはまずそれに気づくこと。

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