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「やりたくない」:先延ばしをしたくなる心理と対策

「やりたくない」:先延ばしをしたくなる心理と対策





先延ばしのすべてが悪いわけじゃない。タスクの管理が出来ているなら有効な場面もある。
ただ、大抵は「なんとなく気が向かないから先延ばししておいたら後で余計にめんどくさいことになった」というような状況が多い。

まぁ、もうちょっと上手いことやっていきたい。

先延ばししたくなる心理と、その対策には何があるのか。

■目次

・やりたくない 先延ばしにしたい理由
 ・めんどくさい
 ・効率的に後でまとめてやろう
 ・難しそう どうせ上手く出来ない 失敗したくない
 ・完璧でなくてはならない
 ・時間がもったいない 体力がもったいない 気力がもったいない
 ・時間を置けばもっといい方法やアイデアがひらめくかも
 ・恐怖について
・先延ばしにしたい・避けたいシステム
 ・無性に部屋の掃除がしたくなるアレ
 ・性格というよりはクセ
 ・先延ばしには底がない
 ・思考「すぐにやったほうがいい」 感情「後回しにしたい」
 ・飽きた
 ・緊急中毒
・「先延ばし」の心理の攻略
 ・決断疲れと意思決定のエネルギー
 ・手間ではなく時間で考える
 ・タスクの細分化(ブレイクダウン)とその目的
 ・進捗状況の可視化のためのマイルストーン
 ・報酬は必要か?
 ・意識しない
 ・「気持ち」は別にそのままでいい
・やり遂げるためのテクニック
 ・作業興奮
 ・ツァイガルニク効果
・まとめ

・・・多分このブログで一番ネガティブな目次だなこれ。












■やりたくない 先延ばしにしたい理由

基本的に頭では「今やらないと後でめんどくさいことになる」とは分かっている場合が多い。
だが、気持ちは全く乗らない。

まるで心の何処かでブレーキを全力で踏んでる何かがいるかのような。

大抵の場合、このように理性と本能は相容れない。敵対関係にあるとすら言える。
かといって、本能を理性でねじ伏せ続けるとうつ病などの病気になりやすくなる。

そして最も厄介なことに、理性は時々本能の通りに「やっていい理由・やらなくていい理由」を捏造することすらある。
この捏造された理由が言い訳、言い分、「やらなくてもいい/あとでいい理由」だ。

ダイエットの成功率は9%なんだってさ。
さすがに91%もの人間ができないとなれば、意思が弱いだなんだのなんて意見は役に立たないのはわかるだろう。

スマートな落とし所は本能(気持ち)を上手いこと騙すか煽てるかすることだろう。
気持ち的なブレーキには、前述の「捏造された理屈」の他にも「恐怖」がある。

■■めんどくさい

やらなくていい理由すら捏造しない状態。ある意味素直。

結構真理に近い。「先にやりたくないという気持ちがあり」、後から理屈をつけることが大半だからだ。

ただ、結局どこからやりたくないという気持ちが発生しているかは見つけなきゃ攻略できない。
どの道自己分析は必要だろう。

■■効率的に後でまとめてやろう

多分一番多い言い訳。

実際にそのほうが効率がいい場合ももちろんある。
だが大抵は効率(笑)とかである。

そもそも節約した時間や手間で何をするのかといえば、別に他のタスク進めるわけでもないだろう。
殆どの場合は「今やらないため」なのが目的だ。

食器や洗濯物が溜まったり、部屋が乱雑になる諸悪の根源。
仕事で「効率的」を免罪符にヤバイくらい溜め込むやつも居ると言えば居る。
後述するが緊急中毒という奴だろう。溜め込んだ果てに「なんとかできてしまう」と、次もギリギリまで手を付けなくなっていく。

考えなくても分かっているだろうが、後でまとめてやろうと思って先延ばしにすれば「後」に「まとまった量を」やらなくてはならない。
当然心理的にも手順的にも難易度は上がる。ただでさえめんどくさいと思ったものの難易度がさらに上がる。

自分で自分の首を絞めている。簡単に言えばツケが溜まっていく。

苦手意識を持っていないなら、たしかにまとめるだけ楽になる。
苦手意識を持っているのなら、まとめればまとめるほどやりたくなくなる。











■■難しそう どうせ上手く出来ない 失敗したくない

難易度が高そうに見え、「やってもできない」あるいは「絶対失敗する」と感じている。

本来持っている苦手意識を対象に投影している状態だといえるだろう。
実際に過去にできなかった、失敗した経験があることも多い。

厄介なのは現在では実力的に難なく終わらせることができるのに、この苦手意識のせいで毎回手を付けるのが苦痛なケースが多いこと。

■■完璧でなくてはならない

やるなら100%完璧な一分のスキもないクオリティでなければならない、と勝手にハードル上げてるタイプ。
ハードルが上がれば、自然と緊張する。体は強張り、どうでもいいことが気になりだす。

ようするに完璧主義者

これだと自己評価の実力とタスクの脳内難易度とのバランスは、上記の「苦手意識」と全く同じものになる。

この上で完璧主義者は何もかもがこの難易度なのでストレスを溜め込み、心身を病みやすい。

実際の所、完璧主義者は部屋が汚いというケースもある。
完璧なのに。一見おかしいんだが、この理由は「完璧に掃除ができないから」だそうな。

つまり彼らからしてみれば「そこそこ片付いている部屋」と「汚部屋」が同価値である。完璧じゃない時点で既にアウトであり、汚部屋と比べてどれだけマシかはもうどうでもいいらしい。
だから「できることだけやろう」「できるところまでやってみよう」とは思わずに、掃除に手を付けない。

これだと達成感が味わえない。やってないんだから当然だが。いつまでたっても苦手な、嫌な、「出来ないこと」であり続ける。

■■時間がもったいない 体力がもったいない 気力がもったいない

もったいないって言葉は大抵碌でも無い。

忘れちゃいないと思うが、今回のすべての前提は「やらなきゃいけないことに対してやる気が出ない」という件についてだ。
リソースを注ぐべき場所に「もったいない」ってだいぶおかしい。

これは単純に嫌いだからだ。
嫌いな物事を前にするとリスクがよく目につくようになる。

普段パソコンやスマホでヒマを潰している人間ですら、やりたくないことを前にすると時間がもったいない、そんなことは無駄だと「節約スイッチ」が入る。
客観的に見れば全く通らない理屈だが、まぁこういう状態になると本気でそう思って疑わない。

これもまた、「やりたくないからやらない理由を探した」という話だろう。

■■時間を置けばもっといい方法やアイデアがひらめくかも

大抵ひらめきません。
大抵プレッシャーが増え、時間が減るだけです。

その稼いだ時間で勉強するなら話は別だが、やらないだろう。

凄く冷めた目でこの言い分を見てみればわかるが、いかにもな「後回しの理由」だろう。

「状況が変わるかもしれないから」とかだったらまだ言い訳は通るかもしれないが。
それだって準備だけはしておく人、なんもしない人に分かれる。
後者の場合、やっぱりやりたくないだけだろう。

■■恐怖について

ちょっと重要な話。

恐怖と言えば、前述の「失敗に対しての恐怖」を思い浮かべるだろう。
実際殆どはそうだ。
失敗した過去の記憶、不安を投影した未来の予測、それらができるはずのことすら難関に仕立て上げる。

ここからが大事だが、「成功恐怖症」というものがある。
成功することによって人生や環境が変わることが怖いから無意識的にブレーキを踏むことを指す。

ようするに、「成功したくない」「達成したくない」つまりは「やり遂げたくない」という願望を元から持っている可能性は、ある。
宝くじで大金が当たったら、顔も知らない親戚連中が馴れ馴れしく連日押しかけてきて心身を病んだ、なんて小話は聞いたことがあるだろう。ああいった目に合うのではないか、という恐怖。

もしかしたら「インポスター現象」というものを知っているかもしれない。
周囲の評価が自己評価以上に高い場合に感じる「自分は周りを騙している」ような気分になる現象を指す。

これは自己評価が低いため、実力や努力の結果の「成果」すら誰かのおかげと考え、いつまでも自分に自信が持てない状態になる。
これだと周りは頼りにしたり評価したりするが、それは自分がウソをついて周りを騙しているからだと本人は思っているので苦痛でしかなくなる。

こういった、簡単に言ってしまえば「目立ちたくない」という願望、「目立ったらどうしよう」という恐怖は多くの人が持っていることは覚えておいたほうがいいだろう。表面上どう振る舞っていようと。















■先延ばしにしたい・避けたいシステム

少なくとも、頭で考える「理由」は後付であることが多い。
根本的に「やりたくない」と感じているからその理由を探す。

ではそう感じさせる脳や意識のシステムには何があるのか。

■■無性に部屋の掃除がしたくなるアレ

あるよね。特に勉強している時によく聞く話だ。

「やりたくない理由」として達成感を感じられない、あるいはそこまでたどり着けないという「予測」がある。
得るものはなく、手を付けても失敗か徒労しかないだろうと予測している状態はモチベーションが最も下がっている状態だろう。
逆を言えば達成感に「餓えている」状態だとも言える。いくら頑張っても成果が感じられない時とかは特に。

このため、手軽に達成感を感じることができる掃除や片付けなどがやりたくなってくる。

簡単に言えば代替行為。
本人からしてみれば「開放」かもしれない。

だがまぁ、あくまでも「やるべきこと」にリソースを注げるようにならないとしょうがない。
テストで良い点取らなきゃいけないのに成果は部屋がきれいになりました、ってダメだろう。

対象に対して達成感を感じることができれば、脱線は減る。

■■性格というよりはクセ

・「性格」というと、大体の人は持って生まれた、天性のもので、一生変えられないと思っている。三つ子の魂百までなんて言うしね。
一種の運命論的な結論を勝手に下して諦めてはいないだろうか。

先延ばしはスキーマ(頭の中のプログラム)、つまりは思考や感情といった心理的なクセであり、修正・対策は十分可能だ。簡単ではないが。

・で、「クセ」って言えば今度は大体の人が注意力やら意志力でスキーマというか衝動・欲求を押さえつけ、根性でひたすら繰り返して新たなクセで上書きしようとかするが、まぁそれは大体有効なんだが、反動がないとも限らない。
これが「できる」人間のほうが自律神経とかイカれやすい。暑苦しくて汗臭いのは最後の手段にしたい。

・スキーマ単位で考えると確かに対策として修正、あるいは上書きが挙げられるのだが、そもそも「先延ばしスキーマ」のスイッチを入れないほうが手っ取り早い。

何がスイッチになるかと言えば、前述のネガティブな「先延ばしの動機・理由」達になる。

自分には手に負えない、大変そう、時間がかかりそう、後でまとめてやったほうが効率的、あるいは「完璧にやり遂げなければならない」といった認識がそうだ。

神話や伝説でよくあるが、ミダス王が代表的か。「望みどおりに願いがかなった結果ひどい目にあった」話は割とよくある。


ミダス王の場合、

「私が触ったものが黄金になるようにしてくれ」
→そのとおりになる
→食べ物も水も黄金になって食べれない
→自分の娘に触ったら黄金になった
→勘弁してください


という話だが、まぁバカだろう。ちなみにこのバカは「王様の耳はロバ」の王様らしい。
またなんか自爆したんだろう。多分。
で、脳は基本的に「望みどおりに願いを叶える」傾向がある。現実を無視して。あとでどうなるかは心配してくれない。というか脳は目先のことしかよくわかっていない。
願い自体が歪んでいれば、結末も当然おかしくなる。
望みどおりにやりたくない、やらなくていい理由をわざわざ作ってくれる。その後で大変なことになり、慌てふためくことになるが、そこまでは気を利かせてくれない。

要するに、感情とは近視眼的かつ直感的な「意見」であり、それを肯定する捏造された「言い訳」を信じている限りは毎回やらなきゃいけない時に一大決心しなくちゃならないし、後回しにしてひどいことになりがちになる。それが永遠に続く。

大抵の人の場合こういった流れのスキーマは完成され、かなり発達している。だから先延ばしをしないためには意識的にこのスキーマを避ける必要がある。

■■先延ばしには底がない

汚部屋、汚宅、ゴミ屋敷。
これらは行くとこまで行くと「ディオゲネス症候群」という病気扱いにされる。

彼らは「セルフ・ネグレクト」であると言われている。つまりは自分に対しての「育児放棄」。

彼らの場合は無気力状態に近い。先延ばしの心理もまた、「後でやろう」とすら思わなくなれば同じ状態になる。

流石にゴミだらけの部屋や台所、締め切り間近なんかになったら「やばい」と思って頑張るだろう。
だが、そういった時にそう思えなかったらどうなる?
あるいは、「もっと後でもいいかもしれない」と考えだしたらどうなるだろう?

先延ばしは「ギリギリな状況」に自らを追い込むかもしれない。転げ落ちたら戻ってこれないかもしれないほどの。






■■思考「すぐにやったほうがいい」 感情「後回しにしたい」

先延ばしグセは「自分が後で困ると分かっていても手を付けられない」ような状態を指す。

つまりどう考えても今やったほうが良いのに、体が動かない。

ちょっと話が遠回りになるが、心理学に「受動型攻撃性」という概念がある。
人間関係での話だが、わざとゆっくり作業をしたり、一切手を付けなかったりして相手を困らせるという「遠回りな反抗」を指す。

度が過ぎれば受動攻撃性パーソナリティ障害に分類されるかもしれない。
要点としては以下。

日常的な社会的及び職業的課題を達成することに受動的に抵抗する。

他人から誤解されており適切に評価されていない不満を述べる。

不機嫌で論争を吹っかける。

権威のある人物を不合理に批判し軽蔑する。

明らかに自分より幸運な人に対して、羨望と憤りを表現する。

個人的な不運に対する愚痴を誇張して口にし続ける。

敵意に満ちた反抗と悔恨の間を揺れ動く。


さてまぁ、まともな自己評価ができるんならわかるだろうが、事の大小を問わなければ、大体全部当てはまるだろう。
人間元からこんなもん。
逆に必死にこれに該当しないことを演じている人間も居るが、あれバレてるぞ。だいぶ無理がある。大体演技過剰。まぁ開き直ってるよりは好き。

これらの概念はまだ研究を提唱されているレベルのようだが、心当たりは誰でもあるだろう。
遊んでいる最中に親や教師に勉強を指図をされてノリノリでそれをやるキモい子供なんてあんまりいない。

本題だが、これらは自分と他人、言わば内部と外部の関係の一つだ。
お気の毒だが、人間の内面は理性と感情の2つに分かれている。

要するに受動型攻撃性でいう「他者・大人」が「やるべきだと考える理性」、「自分・子供」が「やりたくないと思う感情」として置けば、この図式は個人でも成立する。

ぶっちゃけて言えば「自分がやるべきことをやれずに先延ばししてしまう」というのは、「子供が片付けや宿題をしないと悩んでいる親」と同じベクトルの悩みだ。

ここでは「相手が誰か」が分かった。「自分の中の子供」であり、「やるべきだと考えている自分」ではない。

■■飽きた

日常的に繰り返しこなしていて、難しいわけでもない、失敗するはずもないようなもの。こういったタスクに対しても先延ばしにしたくなることがある。

初めてやる時は大体緊張して、集中し、やり遂げる。
だんだん慣れてきて、上達し、身につける。
そのうち飽きてきて、出来はするけどめんどくさくなってくる。

理由の一つとして「刺激がなくなったから」だと言われている。
出来て当たり前。なんとも思わない = 刺激がない。飽きた。
つまりは「つまらないから」。

また、達成感を感じると脳はドーパミンやエンドルフィンなどの快楽物質を出すのだが、同じ刺激ではだんだんとその量が減っていく。
つまり脳単位で「飽きる」。

■■緊急中毒

これは紛うこと無く「悪癖」だ。

ギリギリに追い詰められると人間は脳やら副腎やらから色々とホルモンを出す。つまりはやる気が出て、活力がみなぎってくる。
この状態の「中毒」になっている者は基本的に期日ギリギリまではやらなくなる。

ギリギリではあるが、間に合いはするのならこれを疑ったほうが良いだろう。

また、「なんとかなった」場合、「なんとかできる」と学習してしまう。つまりは「癖になる」。

まぁこの「やる気が出ている状態」自体は結構なことだが、その状態になるための手段をもうちょっと選べよという話。






■「先延ばし」の心理の攻略

なんかもう、なるべくしてなっている気がしてくるね。

自然界では本来、安心/安全なんていくら求めても手に入らないものだった。
人間は群れ集い、文明を培うことでそれらを克服した。まぁ、その分天敵が「同じ人間」にシフトしていったが。

人間の「動物としての価値観」は、人生における自己実現よりも「その場の安全/安心」を優先する。
だからぶっちゃけ、やりたくないことはやりたくないのです。

でも「そのままだったらどうなるか」が、幸か不幸か分かる程度の知能も備えた。
だからこのままではいたくないとも考えるわけだ。

私たちの先延ばしに対する悩みは、人と猿との葛藤だ。
だが「相手」ではあるが「敵」ではない。

頭の中の猿には手伝ってもらわなくてはならない。人間の決断のエネルギーはたかが知れている。

■■決断疲れと意思決定のエネルギー

「決断疲れ」という言葉なら聞いたことがあるだろうか?
これはエネルギーが枯渇した状態だ。

まぁ簡単に言えば脳の「スタミナ」。体力とは全く別の独立したものだと思ってもらいたい。
これらは決断を始めとして、我慢、集中、思考などで消費される。睡眠をとることで回復すると言われている。
大事な決断は午前中にやれ、みたいな話を聞いたことはないだろうか。エネルギーが最もある状態だからだ。

当然、やりたくないことをやろうとするのはエネルギーが多くかかる。
そしてエネルギーが枯渇している状態なら、自動的に先延ばしを選択するだろう。

つまりは手を付けるという決断を下すためのエネルギーを「節約」を意識しなくてはならない。
手っ取り早いのは些細なことには迷わないように予め決めておくこと。

スティーブ・ジョブズが毎回同じ服装をしていたのもこれが理由だとされている。冗談抜きで一生分の枚数の「あの服」を用意していたらしい。

節約ともう一つ、選択肢(つまりやりたくないこと)を選ぶことに拠る消耗自体を減らすことをメインに考えていきたい。

■■手間ではなく時間で考える

とにかく「悩む」という事自体を避けたい。それだけ気疲れしていく。

例えば食器洗うのめんどくさいと言っても、数十分かかるわけでもないだろう。本来は悩むよりもやった方が早いレベルの雑用だ。
先延ばしをする時は、数分で終わることに対して手間や水の冷たさ、手が汚れたりする煩雑さなど、大抵はネガティブなものだけをピックアップしている。
この時やったほうがいい理由、やってもいい理由としての「先延ばしにしたら後で余計めんどくさくなる」「たったの数分で終わる作業」という点は見えていない。

これらは完全に「気持ちの問題」で手を付けられずに先延ばしをしてしまっている状態だ。実際の作業量、かかる時間、やったほうがいい理由は考慮に入っていない。

注目したいのは、ネガティブな理由の方。確かに一度でまとめてやれば、このネガティブな点はまとめた数だけ「避けることができる」。

これだと本当の「やりたくない理由」は食器洗い全体ではなく、部分的な要素なのがわかる。これについての自覚や発見も重要だ。妥協点が見つけやすくなる。
この場合はもう食器乾燥機買ったほうが早いんじゃないかとも思うが。

話がそれたが、5分で済むならさっさとやる、10分で済むならさっさとやると判断基準を「時間」にする。加減はそれぞれでいいが。
ほとんどの「めんどくさい」と思う雑用程度のものは数分で終わるものだ。

また、終わるかどうかは分からないが五分だけやる、というのも有効になる。大体の場合興が乗ってきてそのままやり遂げる。特にやり慣れた作業の場合は。

時間をその作業に対して「使う」という感覚は養ったほうがいいだろう。我慢するだけの時間ではなく。どちらかと言うとタイムアタックのノリで。

先延ばしにすれば、それが頭を過る度にエネルギーが「消耗」する。「先延ばしにする」という「決断」をその度にすることになるからだ。さっさと片付けてスッキリしたほうが絶対にいい。

時間と手間の節約よりも、決断のエネルギーの節約をしたほうが大抵の場合得だろう。






■■タスクの細分化(ブレイクダウン)とその目的

ハードルが高い(と感じている)タスクに対してはブレイクダウンを行う。

切り分けて小さくする。どんなものにも手順があり、その単位で区切ることは可能なはずだ。

バラすと言っても流れがわからなくなるのはマズイ。やらなきゃいけないのか元からやらなくてもいいのか、順番を守る必要があるのか、楽なのから手を付ければいいのかすらわからなくなる。

例えば10項目中の1、2、3など、進捗率や全体像は見えるようにはしたほうがいい。

例 10/1 など。分数としては左右反対なんだがテキストエディタで書き換える手間考えるとこれが楽。個人的に。
あと、分母側が増えることもある。途中で他と比べて妙に大きいタスクが見つかることもあるからだ。このあたりは臨機応変に。

これはそのままマイルストーンとして使える。

■■進捗状況の可視化のためのマイルストーン

マイルストーンとは、日本語で言うと「一里塚」みたいなもの。どこまで進んでいるかの目安として設定するもの。
作業の進捗状況に対して使うのが主だが、時間に対して使うこともある。
簡単に言えば先程の細分化したタスクをそれぞれ「小目標」としてこなしていくこと。

身近な例では登山に例えることが多い。まだ一合目だとか、ようやく五合目付近だとか。

ただこれだとパーセンテージ表記なので「進んでいる」感覚が薄いと思う。
特に完璧主義的な気質は誰しも持っているから、「100%じゃない」 = 「まだ終わってない」 という焦りの感覚のほうが強いだろう。

まぁ単純に私は%表記は嫌いだ。ゲームで「99%」に何度裏切られたことか。

タスクのブレイクダウンをして、それをマイルストーンとして扱うことは以下のメリットが有る。

1.テンポが良い:

「こなせる程度」に落とし込むので「詰まる」ことがない。

2.進捗状況の可視化 ゴールを目指している/進んでいる実感:

「いくつ進んだか」がわかる。これは達成感、作業進み、ゴールに近づいている実感を感じることができる。嫌いな作業をしている時のあの「いつまでも終わらないような感覚」を抑制できる。

3.時間の割り振りが楽:

小さなタスクの集まりなのでどのくらいの時間がかかるのかの予測が立てやすい。また、細切れのスキマ時間をそれに充てることもできる。


4.取り組むハードルが下がる:

手を付けない理由の一つに「やり遂げなくてはならないから」というのがある。前述した完璧主義的な動機に属するのだが。

逆を言えば、「やり遂げるまで止めちゃいけない」と無意識に思い込んでいる。この思い込みそのものがハードルを上げている。
そして途中で辞めるのにもまた決断のエネルギーが必要であり、つまりは大抵の場合「嫌々ながらやり続ける」ハメになる。
そしてその結果得られるものは「途中で投げ出した」という不名誉な実績だ。割に合わない。
これを経験上人は知っているから、初めから手を付けたくない。
細分化により「終わって良いポイント」がアホのように増える。
あなたは(時間が許すのなら)1つのタスクが終わったらそこで一度手を止めても良い。
それは失敗でも、挫折でもなく、一つのタスクをこなし、マイルストーンを一つ進めたという「達成の実績」となる。

ざっとこんなところだろうか?

■■報酬は必要か?

正直いらないと思う。
やり遂げた事に拠る、「目障りなウザい作業からの開放」だけで十分ではないのか。
細分化をすれば進捗がある度に達成感は感じることができるし。

やること全部やったあの達成感、そして開放感。あれで十分ではなかろうか。
そもそも、やらなきゃいけないと思うタスクは将来的に本人にメリットが有るものだ。

正直、自分に対して妙な餌付けをすると、それの中毒だったりそれがなきゃ出来ないとかになったりなどの余計な問題が増えそうだ。
できれば、タスクそのものに意味や価値を感じたい。

どうしても足りないのなら、特別なものじゃなくて「やりたいことを邪魔する障害」としてタスクを設定してみたらどうだろう。
食事の前、スマホ弄る前、寝る前など。

障害というと苦手意識が育つと思うかもしれないが、細分化して雑魚に成り果てているタスクなら問題ない。






■■意識しない

「やる」というのを目的にすると、真正面から向き合わなくてはならなくなる。
元から苦手意識があったりや嫌いな作業だった場合、「やる気を出すほどハードルが上がる」という迷惑なおもしろ現象が起きる。

細分化もそうだが、「気楽に取り組めるような工夫」はある程度した方がいいだろう。

意識してしまうとどうなるか。先程の洗い物の例のように数分で終わる作業を溜め込んで一大事業にまで育ててしまうかもしれない。

長期的な目標としては、習慣として日課・パターンに組み込んでしまうのが一番気楽だろう。

一日の中で「タスクに当てる時間」を設定する必要が出てくるが。

■■「気持ち」は別にそのままでいい

嫌いだの苦手だのやりたくないだので、別にそのままでいいだろう。
めんどくさいものはめんどくさい。
嫌いなものを無理に好きなるのも正直どうかと思う。病気になりそうだ。
そもそも、好き嫌いなんて気づいたら勝手に決まってるもんだろう。

無理やり好きになろうとするほうが無理がある。

嫌いな作業だからこそさっさと終わらせることができれば、八方丸く収まるだろう。
単純に、自然にできた直感的な「やり方(つまり先延ばしのクセ)」が目的の正反対に突っ走るものだっただけであり、別に無能なわけでも怠け者なわけでもない。

「嫌いだからすぐにやる」「嫌いだから真剣にやる」というのは、一見矛盾しているようだが、その実全く芯が通っている。

「やらなきゃいけない」と思うからこそめんどくさいと感じることは忘れてはならない。やらなくていいなら元から「誰がやるかこんなゴミ」とかいって放り出せばいいだけの話だ。
要するに、理性の結論としては本人の中で「やる」と決まっている。大筋の「流れ」は既にやることに決めている。

その上で放っといたら大抵めんどくさいことになるのは最早自明の理であり、つまりは「めんどくさいけどやらなきゃならないからさっさと片付けよう」が最適解となる。

めんどくさい「から」さっさとやる。事が大きければタスクの細分化から始めればいい。

■やり遂げるためのテクニック

小細工編。
この2つは裏表のような関係なので目的に合わせて選ぼう。

■■作業興奮

短気で終わるタスクに有効。
数が多い、あるいは「さっさと終わらせたい」タスクに使える。

作業興奮とは、「なんかやってるうちにノッてくる」ことである。

要するにやる気は後から湧いてくる。裏を返せば出だしが一番しんどい。
だから10分、15分などの短時間のつもりで「始めてさえしまえば」、後はやる気が勝手に出てきてそのまま続けられる、ことがある。

つまりは「さっさと手を付けろ」ということに他ならないのだが。

これを応用したポモドーロ・テクニックと言うものがある。
25分を作業時間として設定、5分休憩を1ターム(サイクル)とするというシンプルなものだ。タイマーがあればできる。

本来はフロー状態になることを目的としていたものらしいから、ノッてきたならそのまま作業を続けてもいい。
逆に25:5の時間を守るメリットとしては「ダラダラとやりすぎてしまうことを防ぐ」ことと「やりたくないことにこの時間だけは集中できるように意識を向けること」の2つがある。

後者の使い方がオススメだが、ぶっちゃけ今回に限って言えば作業が終わればなんでもいいだろう。まぁお好みで。






■■ツァイガルニク効果

マイルストーンを設定するような長期的、大規模なタスクに有効。
タスク着手前の心理的ハードルを下げる事に使える。

ツァイガルニク効果は「中途半端な状態だとずっと覚えている」という心理現象。
大抵未完了、失敗、上手くいかなかったことなどを強く覚えているので一長一短なのだが。

解りやすい例だと、初恋の人のことはいつまでも覚えている、とかね。大抵叶わないからね。

古傷をえぐったところでツァイガルニク効果の使い方だが、「あえて途中で終わること」。

これで脳は「この記憶はまた使うかもしれない」として準備状態を維持する。
つまり、「次にまた始めやすくなる」。心理的な抵抗は減る。

私達がよくやってしまうこととして「キリが良い所までやり遂げよう」とする傾向が挙げられるが、それをやってしまうと「次」に取り掛かる時がまた同じくらい大変になってしまう。
苦手意識が比較的強いこと、あるいは飽き始めてきたことなどには有効になるだろう。

作業興奮、ツァイガルニク効果の両立だが、前述のポモドーロ・テクニックで尚且つ「時間厳守」をすれば可能になる。
25分間の集中のつもりで初め作業興奮を発生させ、時間通りに「中断」してツァイガルニク効果を発生させ次のタームに取り掛かるハードルを下げる。

25分間単位での時間の「投資」は行っておりその分作業は幾らか進み、そこまで乗り切るから達成感、開放感はあるし、タスクの細分化によって進捗がわかるからもっと進めたくなる。

まぁ、初めから素晴らしくやる気が出てくるわけもないと釘は指しておくが、試したところで何の損もないはずだ。

■まとめ

全てまとめてしまえば、先延ばしの心理の克服は、頭の中の「子供」をどうやって「楽しませるか」にかかっている。

気持ち一つだろう、というのは甘い考えだ。実際、頭の中の子供が言うことを聞いてくれないから、先延ばしにするんじゃないか。

・・・ああ、言い忘れていたが意思決定の主導権は頭の中の子供のほうが強い。本能は理性よりも先にあったのだから。

言い換えれば自分のコントロールをするのなら、支配的な命令を自分に下し「言うことを聞かせよう」とするよりは、煽ててあやして遊びに仕立て上げて「誘導する」ほうがよっぽど建設的だ、ということ。

そのための理解と工夫。それができれば、同じものが違って見える。

おもしろき こともなき世を おもしろく すみなしものは 心なりけり

実際めんどくさい上につまんないんだから意図的に面白くしなきゃ始まらないだろう。
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