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一歩目すら踏み出せない行動力がない状態の一つの原因

一歩目すら踏み出せない行動力がない状態の一つの原因




何かやろうとして、
乗り気で計画を立てて、
そこで「やる気」は終了し、
実行フェイズでは全くやる気がございません、
むしろやりたくありません、と。
なぜなのか。



今回は自主的に行動をしようとしたのにいざやるとなったらなぜか行動力がないという現象の一つの原因について。










◆すでに全部決まっているから

大抵の場合、計画が立派すぎて「重い」。異様に壮大な目標だったり、病的に細かったり。殆どの場合、その計画は「確かに達成できれば大成功だろう」と思える、綿密で、完璧なものだ



だが、見通しが良すぎるのも問題なんだ。
例えば「後一億歩あるかなきゃ絶対目的地につかない」ってハッキリ分かっちゃってる場合と、
「とりあえず後100歩であそこまでは行けるな」って思って歩いてるのとじゃ
「一歩の価値」が本人の主観的に全く違うだろう。



その視点から見て方や0.00000001%、方や1%だ。100万倍違う。
前者の場合、だんだん嫌になってくるんだよ。分かるだろう、「それが日常」だろうから。
これが義務化だ。「一歩」の価値を見失う。いや、「いくら頑張っても進んでる気がしない」という状態と言ったほうが正確か。萎えるね。



同じ一億歩あるくのだとしたら、後者のほうが気分的に得だろう。そもそもはじめの一歩を踏み出せるかどうかもここで分かれる。



◆義務化

だから「いま、ここで」実際にやるべき行動の価値認識が薄いし、価値がわからないからやり遂げたところであんまり嬉しくもない。その「計画」を実行してる「最中に」充実感、達成感を感じられないなら「義務化」している。



「やらなきゃいけない」という心境は、マイナスからゼロへ戻ろうとする心境だ。必死さや緊急性を感じたとしても、達成感や充実感はない。マイナスからゼロへの場合は大抵ゴールしたときにしかそれらは味わえない。



この違いがそのまま「自分のやったことに対する達成感の大きさ」になる。上記の例だと前者(俯瞰視点)より後者(主観視点)は冗談抜きで、誇張でもなんでも無く、「100万倍の達成感」を味わえるんだ。同じことやってこれだぞ。もったいなさすぎるだろう。



ダメな方を一度でも経験したら、次からは計画実行の段階でやる気なくなるだろうね。辛いから。軽くトラウマだ。世の中で推奨される「真面目さ」はこういった経験を作りやすい。









◆いつもの例え話

「途中で一切達成感・充実感が感じられない」ってのがどういうことか。
わかりやすく例えようか。湖の300メートル先の孤島のゴールまで行くのが「計画」だとしよう。



はい、泳げばいいだけですね。そうですね。



クロールでもバタフライでも背泳ぎでも犬かきでもいいし、浮き輪を使ってもいいですね。



ボート使ってもいいですね。



橋があるかもしれませんね。



泳ぐ必要すらないかもしれませんね。



・・・で。



これを勝手に「潜水で300メートル泳がなきゃいけない」って思い込んで「そこまで息が続くだろうか、できたとしても辛い」って言ってるのがいたらどう思うか。



あまつさえ本当に潜水で300メートルやる気で飛び込んでなんか死にかけてたら。



大体はこう突っ込むだろう。「ハードル上げすぎだ。せめても息継ぎしろよ」と。



まぁ要するに。達成感・充実感が途中で得られないってのは「息継ぎ」ポイントがない。というか、息継ぎする気がない。
「息継ぎ無しであそこまで潜水しなきゃならない」って思ってるから、飛び込みたくもない。



この上で「義務化」してて、やらなきゃいけないなんて思ってたら、ストレスにしかならないだろう。



ちなみに潜水で足ひれ無しで泳ぐカテゴリ(DNF)の世界記録は男子で226、女子で182メートルだそうな。無理。



冗談抜きで「誰でも出来ること」を「世界記録保持者でも無理」なレベルに頭の中で難易度上げてる可能性は、ある。そりゃやりたくないな。死ぬし。







◆視点の問題

「それがどう見えるか」というのは、そのままどれだけ充実感を受け取れるかに関わる。達成感を味わい、充実し、没頭できれば捗る。「俯瞰視点」だとそれらが薄味になる。



極論、地球の外から眺めた「人間の一歩」と(見えねーよ)、当の本人の視点での一歩じゃ進んだ距離は同じでも「進んだという実感」は全く違うだろう。



前者が見えないってのもあながち冗談でもなく、本当に当の本人が「見えてない」。進捗が。
長い長い賽の河原の石積みのような苦行の果てに、ゴールした瞬間の達成感「のみ」しか味わえないのであれば、次に何かやろうってときに乗り気になれるだろうか。
次はゴールできないかもしれないと思うのは自然だろう。



要するに、「途中にも充実感があったほうがいい」という話。そしてそれは、私達が計画実行時によくやる「俯瞰視点」では薄味だ、ということ。味がわからないくらいに。



◆やりたくなくなることがない程度の計画の建て方

・何よりも「取り掛かる難易度」を下げること。計画自体の難易度ではない。「始める難易度」を。それが高すぎるから出だしで躓く。



人間には作業興奮なんて機能もあるし、始めてしまえば大体こっちのもんだ。



そのためには目標の小分けが必要になる。小目標。これらの達成を「今、ここでやること」としてとりかかる。



「ここまで」というのが見えているのがポイント。逆に見えていないと先程の「潜水」みたいな心境になる。
「地平線の向こうにゴールがあるよ!」って言われて全力疾走なんぞ出来るかって話だ。



これが達成されたときが「息継ぎポイント」になる。「まだこれだけしかできてない」じゃなくて「これをやり遂げた」と思える。



ここで休憩もできる。「キリが良いところ」だからだ。中断ですらなくなる。「ここまでやり遂げたから切り上げる」と出来る。



・時間的なバッファを設定すること。バッファは「緩衝材」のような意味。



壮大な目標も、小さなタスクの積み重ねだ。予定外のことも起きるし、時間が取れないこともある。



機械だってそうだが部品が多い=故障しやすい。つまり壮大な計画は破綻しやすい。「立て直すための余裕」は必要になる。



こういったときにギチギチの計画だと「追い上げるしかなくなる」。これは義務化が進む。まぁ、余裕を持ったスケジュールにしましょう。規模が大きければ途中で計画自体の見直しもありえるし。



何れにせよ、自分にとっての「一歩進む」ということの価値はちゃんと知ったほうがいい。受け取れるはずの充実感・達成感をちゃんと受け取らないとそのうち干からびるか、窒息する。









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